混沌を生き延びる「希望」と「ケア」:欧州と東京をつなぐアーティストたちの集い

人類はケアに満ちた社会を実現できるか? ケアが行き届きにくい辺境の地でも、テクノロジーとアートの力で、支え合うことはできるだろうか? その希望の震源地となったイベント「混沌に愛/遭い!」の様相をレポートする。
カードゲーム「ケアのアトラス (Atras of Care)」の一部。
カードゲーム「ケアのアトラス (Atras of Care)」の一部。PHOTOGRAPH BY FUKA KATOU

米国の政治学者ジョアン・C・トロントは、ケアは「人類的な活動 (a species activity)」であり、生活のあらゆる場面にケアが存在する、としている。日本語で「ケア」というと、「福祉」や「介護」などの活動をイメージしがちだが、欧米における"Care"の考え方は、「支援」や「配慮」などのような、一般にもっと広い範囲の活動を指している。

トロントの提起を発端に、ケアに関する議論や活動は盛り上がりを見せており、その範囲はあらゆる方向に拡大している。この度、そうしたケアに対する世界的な取り組みの一端を、テクノロジーとアートの切り口から体感するイベントが東京で開催された。

2024年5月30日と6月1-2日、東京・渋谷のシビック・クリエイティブ・ベース東京[CCBT]を中心に開かれたイベント「混沌に愛/遭い!」(企画:マリノス・クツォミハリス四方幸子/「混沌に愛/遭い!」実行委員会)。「ヨーロッパと東京をつなぐサウンド、メディアアート、ケアの探求」と銘打たれたこのイベントでは、総勢26組のアーティストや研究者による展示、トーク、デモ(プレゼンテーション)、ライブが実施され、文字通り「混沌」と「愛」に満ちた空間となった。

混沌のなかで、テクノロジーが課題を浮き彫りにする

今回の共同企画者マリノス・クツォミハリスは、キプロス在住のアーティスト。欧州から参加した面々も、キプロスやギリシャ、北欧の国々など、欧州のなかでは比較的「辺境」を活動拠点にしているアーティストたちが中心だ。

展示室に入ると、展示台の上で小さなロボットたちが動き回り、奥には土の中で自然分解された冊子が並べられている。カードゲームの台の横では、ラジオが音を出しながら回転している。最初の印象はまさに「混沌」。心なしか楽しげな空間にも見える。それでも展示空間は整然としており、一つひとつ詳しく見ていくと、テクノロジーとグローバリゼーションを批評的に捉えるアーティストたちの視点が浮かび上がる。

例えば、キプロスのアーティストで研究者のアレクシア・アヒレオスによる作品「不気味の谷とアメリカンスマイルを超えて」もそのひとつだ。「ChatGPTで生成したキプロス人の肖像は野蛮人のようであり、キプロスが独自の言語を有することも認識していませんでした」とアヒレオスは言う。こうした西洋社会の中心地から離れた辺境では、新しいテクノロジーが十分な機能を果たさず、地域に悪影響を与えてしまう可能性もある。

アレクシア・アヒレオスによる「不気味の谷とアメリカンスマイルを超えて」(2024)。AIが人間の顔の画像を生成する際に、その多くが米国風の笑顔になってしまうことを踏まえ、西洋に偏ったAIの権力性を鑑賞者とともに捉え直す作品。

PHOTOGRAPH BY FUKA KATOU
ケアを要する辺境同士で、ケアのネットワークを

一方、新しいテクノロジーやそれを活用するアートが、均質化に抗う、ある種の「ケア」として機能することもできるのではないか? その可能性を探るべく、本イベントではラウンドテーブルやアーティストによるデモを通して、それぞれの辺境の地で実践されている多様な活動が紹介された。

クツォミハリスは「Toolkit for Care」という活動を紹介。COVID-19の影響により、文化芸術活動も大きな打撃を受けた。支援が行き届きにくい辺境の国々ではなおのことだ。そうしたなか、キプロス拠点のクツォミハリスが主導し、北欧・東欧に比重を置いた、科学哲学やメディアアート領域の研究者/アーティスト/教育者たちによる学際的なネットワークを形成。そこではテーマごとにグループをつくって知識や実践を共有し、文章や記録、プロトタイプや技術的なマニュアルなどからなる“ケアのツールキット”づくりをしている。

開発したツールを、各地域や社会で共有できるモデルとして機能させるために、地球上のさまざまな辺境におけるケアの可能性を探っているのだという。クツォミハリスはこの実践を通じて、辺境に暮らす者同士で連携していくことの重要性を強調する。

「中央で何が起きているかを把握し、中央でないところで連携していくということです。いまの時代、中央を介さずとも、あらゆる国の人々と集まって話すことができますよね。今回、米国や西ヨーロッパのような西洋の中心地ではなく、ここ日本に、欧州のなかでも辺境の人々が中心となって集まっていることも意義深いと感じています」

共同企画者であり、「混沌に愛/遭い!」のコンセプトと全イベントの企画監修を担ったキュレーター・四方幸子は、モデレーションを担当したラウンドテーブルの冒頭を、企画タイトルに含まれる「混沌」の説明から開始した。この言葉は、中国の思想家・荘子が記した、中国神話に登場する神・怪物であるという。

「混沌には、目も鼻も口も耳もない。そこで穴を開けてあげたところ、混沌は死んでしまうんですね。『穴を開ける』ことは人工的な振る舞いで、自然を壊してしまったという話です。でも、穴を開けてはいけないのかというと、わたしは開けていいと思うんですね。大切なのは、穴の開け方や場所、タイミングを見極めることだと思います」

四方はカオス理論に関連して、物理法則が生み出す自然現象とパターンについて取り上げつつ、今回の趣旨を次のように説明した。

「こうした自然のなかで生まれる美しい現象があるなか、そこに人間の恣意が働くと死んでしまう部分もある。自然の摂理に沿わないことをやって混沌が死ぬと、自分たちにも何らかの欠損が生じるんじゃないかなと。自然の摂理とか、他者とか、目に見えないあらゆることをも感知して、行動して生きていくことが『ケア』であり、「混沌に愛/遭い!」が、相互にケアをし合うことを考え実践するきっかけになればと思っています」

そして、イタリア発のデジタル文化・メディアアート批評誌「neural」の編集長を務め、英国サウサンプトン大学のウィンチェスター・スクール・オブ・アート准教授でもあるアレッサンドロ・ルドヴィーコは、自身の「戦略的出版(Tactical Publishing)」と称する30年以上の活動を振り返り、こう続けた。

「わたしはこれまで出版を通じて、人のつながりというネットワークを形成してきました。このネットワークは、トポグラフィーのように凸凹のある形で、決して均質的なものではありません。ビッグデータを学習し、均質化されたアウトプットを行なうAIは、本来存在する多様な可能性を排除してしまいます。だからこそ、いま、小さなコミュニティがもつそれぞれの可能性を保てるようにスケールダウンさせながら、人のつながりによるコミュニティのメッシュネットワークを構築していくべきなんです」

未来のための「希望」と「コンテクスト」

ラウンドテーブルの終盤、ギリシャの経済学者でラジオプロデューサーのニコス・ロドゥサキスは「人類には、よりよい未来のための希望が必要だ」と提言した。

「ギリシャは経済危機に陥り、賃金・物価・消費が下がり続けるという、大きな負のスパイラルにも直面しました。賃金は25%減少し、いまだに回復していません。世界中のどこでも、こうなる可能性はあります。しかし、『希望』もまた、スパイラルです。よりよい未来への希望があれば、よいケアができ、政治や経済にいい影響を与え、新たな希望を生む。だからこそ未来に希望をもち、経済や政治にしっかりとケアを取り入れていくことが重要です」

クツォミハリスは同意しつつ、「わたしたちには『希望』と、そして『コンテクスト』が必要です」と重ねる。

「産業革命以降、資本主義は世界を均一化し、各地の小さなイマジネーションを押し殺しながら成功を収めてきました。そこに“ケア”はなかった。例えば、わたしたちは本来、大量生産された服よりも、個性を引き出してくれる服を着るほうが好きですよね? こうしていま東京で、アートとテクノロジーが融合したカルチャーのもとに集まれたように、資本主義のターゲットから外れ、わたしたちのコミュニティを守ることはできるのだと思います。だから、希望と、希望を生み出せるコンテクスト、つまり、ユニークな環境や文脈が必要です。そこには表現力やクリエイティビティ、それを培う根源的な教育システムなども不可欠でしょう」

そして四方は、この場をこう締めくくった。「資本主義的な方法ではなく、アートや科学で変えられることも本当に多いと思います。イマジネーションとクリエイティビティを働かせて、日常的な実践をさまざまな人に伝えていける。欧州と東京の表現者たちが集まったこの場をきっかけに、距離を超えた生態系を育み、ケアを循環させていく。それが重要なのだな、と。ネットワークを維持していきましょう」

翌日の6月3日には、「混沌に愛/遭い!」のケアのケアとして、非公開のラウンドテーブルをCCBTで開催。今回の出演者やCCBTのメンバーが、プロジェクト全体の振り返りや今後のコラボレーションの可能性についてざっくばらんに語り合ったという。

ケアを「人類的な活動」と定義したトロントは、絶えずよりよいケアの実践を繰り返すことで、真に民主的で、ケアに満ちた社会を実現していけると述べている。今回のイベントは、それぞれの辺境から、それぞれのケアを通じて、愛に溢れた混沌を生み出していく──そうした熱量に満ちたコミュニティに遭遇する機会となった。

(Edit By Erina Anscomb)


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