肥満症治療薬「オゼンピック」で誰もが痩せるわけではない。いったいなぜなのか?

肥満症治療薬として使われるGLP-1受容体作動薬「オゼンピック」「ウゴービ」を使用する患者のなかには、ほとんど減量効果が見られない患者もいる。その原因を研究者たちは解明しようとしているが、いったいなぜなのだろうか?
Image may contain Person Scale and Pen
Photo Illustration: WIRED Staff; Getty

ダニエル・ロサスは食事を管理したり、運動量を増やしたりするなど、減量に効果のある一般的な方法をすべて試してきた。しかし、そのたびに体重が元に戻ってしまう。そこでロサスは2020年になって、肥満症の治療薬に使われるGLP-1受容体作動薬「オゼンピック」(一般名は「セマグルチド」)を使ってみることに決めた。

当時のロサスの体重は225ポンド(約102kg)だった。「成人してからのわたしの体重は大きく上下してきました」と、現在は36歳のロサスは言う。

ところが、週に一度のオゼンピックの注射を3カ月間にわたって続けた後でも、体重は約5%、約15ポンド(約6.8kg)しか減らなかった。もっと体重が減ると期待していたロサスは落胆した。臨床試験のデータでは、投薬期間こそ長かったものの、患者たちの体重は3倍も多く落ちていたからだ。

さらに悪いことに、ロサスは吐き気をたびたび感じて全体的に体調が悪かった。こうした副作用が体重減少の量と見合わないと考え、いまではロサスは投薬をやめている。

ロサスの事例は、これらの肥満症治療薬の現実を示している。つまり、誰にでも同じように効果があるわけではないのだ。

「オゼンピック」や「ウゴービ」などの商品名で知られるセマグルチドの臨床試験では、患者の体重は約15%ほど減少していた。これに対して「ティルゼパチド」(商品名は「マンジャロ 」や「ゼプバウンド」)では約20%の減量が見られた。とはいえ、これらは平均値であり、慎重に管理された臨床試験と同じような効果が通常の患者にも現れるとは限らない。

「多くの人が薬に魔法のような効果を期待しています」と、ニュージャージー州にあるハッケンサック大学医療センターの肥満外科の責任者で、減量と代謝健康を専門とする研究センターのディレクターでもあるハンス・シュミットは言う。実際のところ肥満症治療薬の効果の現れ方には、患者によって幅があるのだ。

ほとんど体重が減らない人たちの存在

セマグルチドに代表されるGLP-1受容体作動薬を使って顕著な効果を得る人が多くいる一方で、ほとんど体重が減らない人たちもいる。GLP-1受容体作動薬という名称は、体内で自然につくられるホルモン「GLP-1」を模倣することに由来する。GLP-1は、血糖値や食欲、消化の調節に関与するホルモンだ。

臨床試験の結果を見てみると、セマグルチドの場合は体重の減少量が10%未満だった患者が全体の約3分の1いた。ティルゼパチドの研究では、最大使用量を注射して体重の減少量が10%未満だった患者が全体の16%である。同じ臨床試験において、セマグルチドを投与されて体重の減少量が5%未満だった割合は約14%、ティルゼパチドの最大使用量を注射した人では9%だった。

この結果についてハッケンサック大学のシュミットは、実際の医療現場で目にしていることと一致していると語る。GLP-1受容体作動薬の効果があまり現れない患者が、全体の15%くらいは存在するというのだ。

当然ながら、薬の効果は患者が薬を続けられるかどうかや、毎週欠かさず注射しているかどうかも関係してくる。ロサスのように副作用に耐えられない人もいるだろう。「薬の効果が現れていないのに副作用ばかり出ているなら、続ける意味はありません」と、シュミットは言う。

だが、薬を続けていても体重が減らない人もいる。「(投薬を始めてから)10週目ですが、体重は少しも減っていません」と、薬の効果が現れない「ノンレスポンダー」と呼ばれる人々に関するTikTokの動画に対し、ある女性がこのようなコメントを残した。別の人は「ほぼ1年間ほど使っていますが、10ポンド(約4.5kg)しか減っていません」と書き込んでいる。「1月から使い始めて、いまは最大使用量を注射していますが、体重はまったく減っていません」と投稿した人もいた。

これらの薬を使って大幅に体重が減る人がいる一方で、一部の人は体重がまったく減らない原因は明らかになっていない。「薬に対するさまざまな反応すべてを理解できているわけではありません」と、スコットランドにあるダンディー大学の糖尿病医学教授のイワン・ピアソンは語る。

とはいえ、予後の予測に役立つ要因はいくつか明らかになっている。例えば、女性のほうが男性よりもGLP-1受容体作動薬で体重が減りやすい。これは、女性と男性の脂肪の分布の違い、また女性のほうが平均的に体重が少ないことから薬への曝露量が高くなる傾向が影響していると考えられている。

なぜ効果に差が生じるのか?

GLP-1受容体作動薬は、当初は血糖値を改善する糖尿病治療薬として米食品医薬品局(FDA)に承認され、のちに肥満症治療薬としても承認された。しかし、2型糖尿病の患者においては、顕著な体重の減少をもたらす可能性が低いことがわかっている。

その原因の可能性として、研究者たちは遺伝子やマイクロバイオームの変化、体重増加を促進するほかの薬物の影響などを挙げている。「その人の生理学的特徴と生物学的特徴に大きく影響されます。薬が誰にでも同じ効果をもたらすことは期待できません」と、ミシガン大学の内分泌学者であるエイミー・ロスバーグは語る。

GLP-1受容体作動薬は胃の中の食物の移動を遅くし、脳内の受容体とかかわることで満腹感を促進して減量の効果をもたらす。薬を服用している一部の人は、「フードノイズ(減量中に食べ物のことばかり考えてしまうこと」が少なくなったと報告している。食欲が減り、食べ物のことを常に考えなくなるのだ。

その結果、食事の量が減る。患者は低用量から始め、毎週徐々に薬の量を増やしていく。一部の人は低用量では反応しないが、薬の量が増えるにつれ最終的には減量できることが多いと、ハッケンサック大学のシュミットは言う。

生活習慣を変えない場合には、薬による体重減少の効果が効果が現れづらい可能性がある。「オゼンピック」や「ウゴービ」を製造するノボ ノルディスクと、「マンジャロ」や「ゼプバウンド」を製造するイーライリリーは、これらの薬は健康的な食事や運動と併せて使うことが前提であると強調している。

セマグルチドとティルゼパチドの臨床試験には薬の注射と併せて、摂取カロリーを制限した食事と身体活動を増やす運動が組み込まれていた。臨床試験は、薬の有効性において理想的な結果を示すことが多い。なぜなら、参加者の経過は慎重に追跡され、医療従事者からの定期的なフォローアップがあるからだ。しかし、実際の医療現場においては患者が減量計画を守らなかったり、医療機関を定期的に訪れなかったりすることもある。

また、これらの薬は食欲を抑えるうえで役立つものの、すべての誘惑を魔法のように消し去るわけではない。食べることには社会的な要素が大きくかかわっている。

「人間は見た目がおいしそう、味がいい、誰かと一緒にいるから、あるいは単に手に入るからという理由で食べ物を口にすることがあります」と、ロスバーグは説明する。薬の効果に反するこうした環境要因や刺激に晒されている人は、これらの要因を気にする必要がない人より体重を減らすことが難しいのだと、ロスバーグは言う。

代謝の違い、つまり食べ物を分解してエネルギーに変える方法の違いも影響している可能性がある。年齢やホルモンの機能、さらには運動量も代謝に影響するだろう。

遺伝的要因が関係する可能性も

遺伝的な要因と薬への反応の違いに関する研究も進められている。ダンディー大学のピアソンのチームは2022年、グルコースの調節に関与している遺伝子「ARRB1」を特定したことを論文で発表した。4,500人以上の成人の遺伝子データを調べたところ、この遺伝子に特定の変異をもつ人は、GLP-1受容体作動薬を使用しているときの血糖値が低いことがわかったのだ。

遺伝子「ARRB1」は、細胞内でGLP-1受容体を再利用し、細胞の表面に戻すことに関与している。この遺伝子の変異がある人(白人では約2〜3%、ヒスパニック系では11%)は、インスリンを生成する膵臓の細胞にあるGLP-1受容体が多い可能性が高いのだと、ピアソンは説明する。

GLP-1受容体作動薬は、GLP-1受容体と結合することで機能する。つまり、より多くの結合が起きることでインスリンが多く生成され、血糖値の大幅な低下につながったといえるかもしれない。

ただし、ピアソンの研究では、遺伝的変異は体重の減少とは関係がなかった。つまり、その効果は膵臓に限定されるということだ。

とはいえ、これは薬による体重減少の反応の一部に遺伝的要因が関係する可能性が高いことを示している。また、ひとつではなく、複数の遺伝子の変異が患者の薬への反応の違いを引き起こしている可能性もある。ピアソンのグループは現在、モントリオール大学の研究者と協力して、GLP-1受容体作動薬を使用している人の遺伝的要因と体重減少との関連を研究しているところだ。

GLP-1受容体作動薬の効果が現れない一部の患者にとって、別のメカニズムが肥満に関与している可能性もあると、パーソナライズした減量計画を提供するFoundの内分泌学者で最高医療責任者のレーカ・クマールは指摘する。

「体重が増えた原因は、必ずしもGLP-1の作用に関連しているとは限りません」と、クマールは言う。「そうした人たちにとっては、別の方法で作用する薬のほうが効果的かもしれません」

こうしたなかメイヨークリニックの研究者たちは、肥満の「表現型」、すなわち病気の背後にある行動に基づいて患者を分類する手法を試みている。メイヨークリニックの消化器科医であるアンドレス・アコスタのチームは、機械学習を用いた手法で患者を4つの主要な肥満タイプに分類した。

まず、満腹感を感じることがない「空腹な脳タイプ」。食べて満腹感を得るが、すぐにまた空腹を感じる「空腹な腸タイプ」。空腹かどうかに関係なく、感情的な問題に対処するためか、“ごほうび”として食事をする「感情的に空腹なタイプ」。そして、カロリーの燃焼速度が十分ではない「燃焼が遅いタイプ」だ。アコスタの研究によると、「空腹な腸タイプ」の患者は、ほかのタイプの患者よりもGLP-1受容体作動薬で体重が減りやすい。

とはいえ、ノンレスポンダーは、ほかの選択肢の登場をそれほど待たなくても済むかもしれない。GLP-1受容体作動薬は、ますます効果的になっているからだ。セマグルチドはGLP-1受容体のみをターゲットにしているが、新薬のティルゼパチドはGLP-1だけでなく、別の受容体であるGIPもターゲットにしている。

また製薬会社は、肥満に関与する複数の受容体をターゲットとする新薬による体重減少の効果について研究している。「腸にあるホルモンの効果を組み合わせた薬が洗練されるにつれ、薬の効果を得られる人は増えるでしょう」と、Foundのクマールは言う。

(Originally published on wired.com, translated by Nozomi Okuma)

※『WIRED』による肥満の関連記事はこちら


Related Articles
article image
肥満治療薬「ウゴービ」の注射を週に1回続けた場合、最大で4年間体重を減らす効果が続くことが、長期的な臨床試験によって示された。しかし、患者が薬の投与を中止した場合、効果がどれだけ続くのかはまだわかっていない。
semaglutide pen
肥満症治療薬として注目を集めているセマグルチドは元々、2型糖尿病の治療薬だ。その価格の高さや副作用、自分で注射しなければならない手間などが原因で、患者の多くが使い続けられないことが調査でわかっている。肥満症治療薬としてみた場合、使用を中断した時の効果はどうなのだろうか。
article image
不健康な食生活が、うつ病や不安障害といった精神疾患を引き起こす可能性があることが、新たな研究で明らかになった。糖や飽和脂肪に偏った食事が脳の前頭前野における灰白質の体積を減少させ、神経伝達の不均衡を引き起こすというのだ。

雑誌『WIRED』日本版 VOL.53
「Spatial × Computing」 好評発売中!

実空間とデジタル情報をシームレスに統合することで、情報をインタラクティブに制御できる「体験空間」を生み出す技術。または、あらゆるクリエイティビティに2次元(2D)から3次元(3D)へのパラダイムシフトを要請するトリガー。あるいは、ヒトと空間の間に“コンピューター”が介在することによって拡がる、すべての可能性──。それが『WIRED』日本版が考える「空間コンピューティング」の“フレーム”。情報や体験が「スクリーン(2D)」から「空間(3D)」へと拡がることで(つまり「新しいメディアの発生」によって)、個人や社会は、今後、いかなる変容と向き合うことになるのか。その可能性を、総力を挙げて探る! 詳細はこちら