複数形の未来=「Futures」におけるファッションの可能性とは何か? この問いを起点に、雑誌『WIRED』日本版VOL.52「FASHION FUTURE AH!」は、実に10年ぶりとなるファッション特集が組まれた。
その刊行記念イベントとして渋谷PARCOの10階イベントスペース「ComMunE」の特設スタジオで開催されたのが、1日限りのトークイベント「WIRED Fashion with VOGUE」だ。今年で30周年を迎える『WIRED』日本版と同じくコンデナストグループのグローバルブランドである『VOGUE JAPAN』(こちらも今年で25周年を迎える)とのコラボレーションによって実現した。
セッション冒頭、『WIRED』日本版編集長の松島倫明は、創刊時の本誌に書かれた、ある一節を振り返る。日進月歩で発展するデジタルテクノロジーによっていま起こっている革命は、人類が火を手にしたことによって起きた革命に比肩するものである。火を手にした人類は、加熱し柔らかくなった(消化がよくなった)食物を口にしはじめたことで腸が短くなり、その代わりに脳が発達。わたしたちの直接の祖先にあたるホモサピエンスが誕生した。
デジタルテクノロジーを手にした現代のわたしたちは、いまや脳を拡張(外部化)し、社会や生活のありようの劇的な変化を現在進行形で目の当たりにしている。この新たな道具による変化は当然ファッションの領域にも押し寄せ、気候変動やサステナビリティといった文脈が加わることで、これからのファッションにおける可能性と課題の双方をより一層浮かび上がらせている。
大きな岐路に立たされているファッションは、いかによりよき(複数形の)未来へと歩を進めていくことができるのか? それを考えるために、多彩なバックグラウンドをもつゲストスピーカーが渋谷PARCOに集った。
才能に出会うための「懐疑的楽観主義」
「TALK SESSION 1_WIRED JAPAN × VOGUE JAPAN “Futures × Fashion”」では、松島をモデレーターに、東京のカルチャーを発信し続けてきた渋谷PARCOの平松有吾、VOGUE JAPANのティファニー・ゴドイが登壇。雑誌、商業施設、異なる“メディア”でファッションを編集してきた面々と、時代とともに変化するクリエイティビティについて議論した。
ファッションが更新される瞬間に立ち会い続けてきた『VOGUE JAPAN』のゴドイは、人々が身に纏うファッションについて、時代のムードを投影する「人々の鏡」であると切り出す。
「特にこの4、5年は、アジアそのもの、そしてアジアに対するグローバルな美的感覚の変化を感じます。それは女性像と男性像についてもいえますし、アジア人としての美しさをより肯定するようになった。これはファッションショーや広告のキャンペーン、映画で起用されるアジア系のモデルや俳優を通して、グローバルなシーンと地続きに自己を認識するようになったことともつながるのではないでしょうか」
渋谷PARCOの平松は、この転換のひとつのきっかけとしてパンデミックを挙げる。フィジカルな場所を編集し続け、そこに集う人々の感覚や文化のありよう、そしてパンデミックによる変化を直に見届けてきたからこそ、感じることは多分にある。
「外に出れない、人と交流ができない。そんな状況でも、おしゃれをして自己表現したい、変わってみたいという人の願いは常に変わらないのだと実感しました。当時、みんなが意識したのはリモートのカメラです。より見栄えをよくするためのライトが売れたり、配信やライブコマースでいかに自身や服をよりよく表現するかを探求しだした。すると、受け手は面白いファッションやカルチャーをデジタル上で探す能力が発達していきます。そこで、これまでのファッションの様式にはない多様な表現を見つけていく。新しい表現や才能に出会う能力や願望がより高まっているのではないかと感じるたんです」
新しい、若い才能をもったクリエイターとのコラボレーションを行なってきた渋谷PARCOは、「才能に出会うための能力」を徹底的に考え続けてきたメディアでもある。松島が「懐疑的楽観主義」と表現するその能力について、平松は興味深い視点を提供する。
「いい意味で、世の中を疑うと言うんでしょうか。未来はいまに執着していてはなかなか辿りつかない。この先に、もっと新しい才能があるんじゃないか、出会える人がまだいるんじゃないか。そんな前向きな現実否定を続けていくんです。渋谷PARCOが時代ごとの若い才能をエンパワーし続けられているとしたら、それがいちばん大きな要因なんじゃないかと思います」
クリエイティビティの最後の砦
「TALK SESSION 2_WIRED JAPAN “New Intersection: Body and Technology”」では、「FASHION FUTURE AH!」特集担当である『WIRED』日本版の田口悟史をモデレーターに、Synfluxの川崎和也、哲学者の下西風澄という、異色のコラボレーションが実現した。デジタルの技術、質量をもたない技術の加速が日常のあらゆる領域に入り込む。それはファッションについても同様だ。サステナビリティや人口知能(AI)の文脈が加わることによって、デジタルファッションにとどまらず、テクノロジーがフィジカルな衣服にも折り重なろうとしている。それは、いったいどのような問題や可能性が浮かび上がらせるだろうか。
アルゴリズムを活用し、自然環境に配慮した布の廃棄を最小限に抑えた製造や個々の着用者にフィットした衣服の設計を可能にする次世代デザインシステム「アルゴリズミッククチュール」を開発するSynfluxの川崎。彼は、ChatGPTをはじめとする大規模言語モデル(LLM)のAIの登場がファッション産業におけるデザイナーの神話に揺らぎを生じさせるショッキング(あるいは革新的)な出来事であったと語る。しかし一方で、ファッションの創造性における本質を揺るがすようなものではないのかもしれないとも。
「生成AIは言語、かたち、無限の組み合わせがあるわけですが、そこにはただ無限の空間だけがあるように感じてしまうんです。それをどんな必然性をもって選び、組み合わせるかというモチベーションがまったく湧いてこない。人間には認知限界があるので、無限に対して遡行的にカテゴリー分けをして有限化します。この無限を自ら有限化する人間の創造性のほうが結局おもしろいんじゃないか、と」
これに対し下西は、情報と言語の違いと重ね合わせながら応答していく。
「世界のさまざまな事象をフラットに記述する情報は、ある意味人間同士、人間と世界の壁をなくす性質をもちます。ゆえに、情報は実質的にほぼ無限にある。一方言語は、壁をつくることにその本質がある。ひと、地域、歴史性、文化などそれぞれ固有の来歴を含み、常に無限の情報に壁をつくって有限化する。この両者の関係を考えていくことが重要になるように思えます」
人間固有の有限性や文脈と連続したクリエイティビティの重要性を示しつつも、これにはある懸念も存在すると、川崎は付け加える。
「要は、ワケのわからない面白さをもったものを生み出すことが、デジタル技術を介すると非常に難しくなってしまうということです。そこで重要になるのは、布にプリントしてみる、つまらない画像を使ってニットを製造してみる、といったことかもしれません。そうすると思いのほか不気味なものができあがったりもするんです。生成AIでつくったものを情報環境で流通させるだけでなく、製造に落とし込んで物質化する。案外、そういったことがクリエイティビティの最後の砦となったりもするのではないでしょうか」
「物欲」を再考する
「TALK SESSION 3_SPONSORED by SHIBUYA PARCO “Update Our Shopping Desire”」では、「健全な物欲」をテーマに、SIMONE代表でアートディレクターのムラカミカイエ、『HIGH(er) magazine』編集長のharu.が意見を交えていく。
「ファッションカルチャーとは、未来への影響力があるということを思い出させるもの」。そう語るharu.は、4月にインナーウェアに特化したブランド「HEAP」を立ち上げた。
「性について、どうして誰も教えてくれなかったんだろう。どうして自分たちは傷ついてこなければいけなかったんだろう。そんな怒りとともに、肌と一番近い、常に身につける下着を通して、厚かましくなく、楽しく性について知ることができたら、という思いでHEAPを始めました。ファッションって、自分の価値観や思考とつながっているし、その力を信じたいと思っているんです」
こうしたHEAP立ち上げの経緯を聞き、ムラカミは「ファッションが何でも飲み込める媒体になった」と続ける。ファッションには、モノの価値とコトの価値が混在している。どんなブランドなのか、どんな場所で、どんな人がつくっているのか。そうした情報がその一着の価値を支えている。
「自分の社会的スタンスであったり、情報をいくらでも詰め込むことのできるメルティングボットのようになっていて、それがたまたま服の形をしている。いまや情報を身に纏っているといえるわけです。だからこそ、説教くさい服は着たくないですよね。かっこいい服が着たい、楽しみたいという欲望に応えつつ、環境性能を含めた正しい方向に導く提案をしていくこと。それが、これからのブランドの使命といえるでしょう」
今日では、物欲をもつことの後ろめたさが日に日に大きくなっているともいえる。しかし、人間が存在する限り消費をなくすことはできない。だとすれば、健全な物欲とは何かを考えていく必要がある。平松は、この消費と物欲について、自身の考えを述べてセッションを締めくくる。
「行き過ぎた消費のダウンサイドは、もちろん大きなインパクトがあります。一方で、衣服を通じて、その人の感覚の変化や気づき、新しい世界に踏み出すきっかけを生むものでもあります。そうした性質を生かすべきで、それは売る側の伝え方にかかっていると思います。消費することによって、サステナブルな企業やプロダクトがエコノミックな活動の循環にのる。それによって活動がさらに前進する。消費が、ある種の応援活動としての消費をかたちづくっていくことが必要なのかもしれません」
メディアの自由、ファッションと希望
本イベントをしめくくる「TALK SESSION 4_VOGUE JAPAN “Futures of Image Making, Tokyo and Paper Media”」では、『VOGUE JAPAN』のティファニー・ゴドイをモデレーターに、『Cult* Magazine』編集長のリサタニムラ、「SUPER LABO」のホウキヤスノリを迎えた。時代ごとの東京のカルチャー/ファッションイメージを映し出す、小規模なアートやファッションの出版者たちと、現代におけるプリントメディアの意義を模索していく。
今年の2月に創刊した自費出版誌『Cult* Magazine』は、リサタニムラが彼女と関係性が深い友人やクリエイターらとともに、東京のファッションストーリーを発信する。SNS、デジタルによるディストリビューションが主流の現代において、若い世代のリサ・タニムラが紙の媒体を選んだのはなぜか。その理由は非常に興味深いものだ。
「SNSやデジタルメディアは、中央集権的なシステムのうえに成り立ったメディアだという思いが強いんです。プラットフォーマーが規定したルールやアルゴリズムに最適化されたコンテンツにする必要がありますし、メディアの生殺与奪が握られているエコシステムになっている。そういった権力構造がウェブにはある一方で、紙は個人が大きな力を頼らずとも、比較的自由につくることができる、自由度の高いメディアだと考えています」
既存の構造にとらわれない、自由度の高いメディア。紙からデジタルへのシフトが進む過程で、デジタルメディアは希望をもってそのように語られた。しかし今日では、逆転した感覚をタニムラをはじめとした若いクリエイターが抱いており、それはある意味デジタルが完全に紙をリプレイスしたからこそ生まれるバックラッシュ的な現象なのかもしれない。
今年で15周年を迎える写真集専門の出版社「SUPER LABO」は、こうした出版・メディアの転換期を駆け抜け、これまでに150以上のタイトルを出版してきた。アート写真の解釈を独自に拡張してきたホウキヤスノリは、「出版」の醍醐味も、そして難しさも、身をもって体感してきた。
「ペトラ・コリンズのように、アーティストが世界的に影響進むもち始める過程を目撃できるのは大きな学びになります。同時に、継続が非常に難しくもある。雑誌をクリエイターとしての武器として使う、あるいは自費出版の作品写真集と、出版社がつくる写真集は、その実、まったく異なるものです。出版社は当然利益を出さなければならないので、知恵を絞る必要がある。2、3冊で淘汰される出版社が世界中に数多くあることからも、本というものを通して何をしたいかの明確なビジョンなしに継続することの難しさを物語っています」
それでもホウキが写真集を出版し続けるのは、「ファッションが好きだから」。この一言に尽きる。「写真集は息の長いメディアですから、東京でつくった本が、時間をかけて世界中を旅して地球の裏側の人たちへ届く。その時間に耐えられるよう、飽きのこないものをつくり続ける。それがやっぱりいちばん大事なのではないでしょうか」
身体をもたないAIが衣服や身体感覚をいかに拡張するか、ファッションとプリントメディアの未来、よりよい未来を主体的に選択するための健全な物欲 ──。テクノロジー、デザイン、カルチャー、哲学など、多岐にわたる視点が投げかけられた「WIRED Fashion with VOGUE」は、会場を埋めた130名を超えるオーディエンスにとって、ファッションの可能性を模索するまたとない空間となったはずだ。
(edited by Satoshi Taguchi)
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