日本で初開催されたフォーミュラEと、“普及が進まないEV”との共通項

電気自動車(EV)のF1とも称されるフォーミュラEの東京大会「Tokyo E-Prix」が、2024年3月末に開催された。日本初の開催となった市街地でのEVレースの評価は二分していたが、そこにはEVの普及が進まない状況と似たような構図が読み取れる──。モータージャーナリストの島下泰久によるレポート。
日本で初開催されたフォーミュラEと、“普及が進まないEV”との共通項
Photograph: Qian Jun/MB Media/Getty Images

こんなふうに評価が二分するレースは、なかなかないのではないだろうか。東京で初めて開催された電気自動車(EV)のF1とも呼ばれるフォーミュラEの東京大会「Tokyo E-Prix」の話である。

現地で取材した印象では十分に楽しめるイベントになっていたと感じたし、観衆もそんな雰囲気だったとは思う。だが、レース後のSNSでのコメントなどを見ると、必ずしも皆がそう感じたわけではなかった様子である。なぜそうしたギャップが生じたのか、当日のレースを振り返りながら読み解いてみたい。

内燃エンジンに代わって電気モーターとバッテリーで走行するマシンを使い、世界の主に市街地に設けられた特設コースを転戦するフォーミュラE。2024年3月30日に開催された今回のレースは、東京初のモータースポーツの世界選手権、そして初の公道レースの開催だった。

フォーミュラEがスタートしたのは2014年。実はそれ以来、日本での開催がずっと模索されてきたという。過去にフォーミュラEの関係者と日本のどこでなら実現できるのかという話をしたことがあったが、公道での自動車レースは相当にハードルが高いとも感じていた。

扉が開いたのは、まさにこれがEVのレースだったからこそだろう。実際にTokyo E-Prixは、CO2を排出しない環境先進都市「ゼロエミッション東京」を2050年に実現すべく東京都が推進するゼロエミッション・ビークル(ZEV)の普及促進プロジェクト「TOKYO ZEV ACTION」の一環として誘致された。当日のレースも、都が開催する「E-Tokyo Festival 2024」と同時開催される形式だった。

F1譲りの競技、進化するマシン

EVのF1とも称されるフォーミュラEだが、マシンのパフォーマンスとしても興行規模としても、実際にはそこまでのレベルには達していない。しかしながら、世界を転戦するレースには日産自動車、マセラティ、ポルシェ、DSオートモビルなど多くの自動車メーカーやブランドを含む11チームから22台のマシンが参戦し、ドライバーもF1経験者が多数いる。競技としてのレベルは決して低くない。

現在のフォーミュラEで使われているマシンは「Gen3」と呼ばれる第3世代のタイプで、カーボンモノコックの車体やバッテリーは各チーム共通の部品となる。それぞれ独自開発が可能な部品は駆動用の電気モーター、インバーター、ギアボックス、リアサスペンションなどだ。開発できる範囲を限定することでコストを抑えながら、市販車にも転用可能な技術開発の余地を設けることで自動車メーカーの関心を引いている。

発足当初のマシンは速さが足りず、バッテリー性能も低くてレース中にマシンの乗り換えが必要だったりもした。しかし、現在のマシンは最高出力350kW(475PS)を発生し、最高速は理論上は時速322kmにも達する。そして40分の決勝レースを1台で走り切ることが可能だ。

これにはバッテリーだけでなく、回生性能の進化も貢献している。指定部品となる回生専用フロントモーターと合わせた回生能力は600kW(816PS)にも達し、おかげで決勝で使うエネルギーの約40%は回生でまかなわれている。市販されているEVの性能がこの10年で劇的に向上したように、フォーミュラEのマシンも進化しているのだ。

レースの舞台となるのは多くが市街地の特設コースとなる。車両からは排ガスを出さず、騒音も小さいフォーミュラEは、それゆえに都市部での開催が可能だ。観客がアクセスしやすく、また観客席とコースの距離が近いことをセールスポイントとする。

Tokyo E-Prixの場合は東京・有明の一般道を含む特設コースの全長が2,585kmで、コーナーの数は計20。決勝ではこれを33周する。実際には公道区間は全体の半分ほどで、パドックやメインストレートが置かれたのは東京ビッグサイトの裏の普段は駐車場とされているエリアだった。公道部分も繁華街からは離れたところで、「市街地レース」と呼ぶにはちょっとはばかられる感もあったことは事実だろう。もちろん、それでも大きな前進であったことに違いはない。

フォーミュラE「Tokyo E-Prix」は東京・有明の一般道を含む特設コースで開催され、コースの全長は2,585kmに達した。

Photograph: Handout/Jaguar Racing/Getty Images

事前予想に反した盛り上がり

事前にあちこちでささやかれていたのは、実はレースはそれほどおもしろくはないだろうという“予想”だった。コースはF1を開催する鈴鹿サーキットのように雄大ではなく、幅は狭いし抜きどころも多くはない。しかも、マシンはどれもほぼ同じ形をしていて、エンジンサウンドが聞こえてこない。鳴り響くのはモーターやギアボックスのうなり音と、タイヤのスキール音である。それこそF1を見慣れているようなファンにとっては刺激が少ないのではないかと言われていた。

ところが、いざ蓋を開けてみれば、レースは十分に楽しめるものになっていたと言い切れる。まず前日の予選からして白熱するものだった。フォーミュラEの予選はトップ8台によってデュエルステージ(2人のドライバーが直接対決する形式)が実施される。2台のマシンが時間差でコースに出て、速いほうがトーナメント方式で勝ち上がっていくのだが、まずはこれが盛り上がった。

観客の声で興味を引いたのは、「ゲーム」という言葉が使われていたことだ。「ゲーム=試合」であるが、モータースポーツでは試合という言葉はあまり使われない。しかしながらフォーミュラEでは、レースよりも「ゲーム」という言葉のほうが確かにしっくり来る感じもある。ベースボールやサッカー、あるいはエクストリームスポーツなどに近い感覚が、観る側にはあるのかもしれない。

それは若い客層だからこその発想だろう。昔ながらのレースファンには、どこかF1至上主義的なところがあり、それゆえにフォーミュラEには否定的な見方をしがちだ。それに対してフォーミュラEの会場に集まってきた人たちは、もっと目線がフラットであるように思えた。

決勝レースも“熱い”ものだった。前半はエネルギー消費をできるだけ抑えた走りだったので、テレビなどで視聴していると単に列をなして走っているだけに見えたかもしれない。しかし実際のところ、狭いコースで電費に配慮しながらトップスピードが時速200kmを超える高出力のマシンを操り、周囲の車両と神経戦を繰り広げるのは間違いなくシビアなはず。実際にコースサイドで観ていると、毎周まったく同じ間隔で壁ギリギリを走り抜けていくマシンの姿にヒリヒリさせられたし、電気モーターやギアボックスから奏でられる高周波のサウンドも想像以上に刺激的だった。

Tokyo E-Prixのハイライト動画。エンジンの爆音が響くF1とは異なり“静か”な印象もあるが、白熱した試合が繰り広げられた。

そして後半になると、マシンごとにエネルギー残量が異なることから微妙に隊列が乱れてきて、それがバトルにつながり出す。テレビなどで中継を観ていると車両ごとのエネルギー残量が画面に表示されるので、例えば先頭を走っているドライバーも実はそのままのペースではゴールできないかもしれない、といった試合展開を読み取れるわけだ。。

実際に今回のレースでも、ポールポジションからスタートした日産のオリバー・ローランドは途中のバッテリーマネージメントが厳しくなり、その隙を見逃さなかったマセラティのマキシミリアン・ギュンターに抜かれてしまった。そして、いずれもゴールしたときにはエネルギー残量は0%だった。

つまり、単に速く走ればいいという話ではなく、シビアな電費の戦いが繰り広げられており、しかもそれを観客や視聴者がリアルタイムに把握できる。この辺りも、確かにゲーム感覚に映るのかもしれない。

「EVの否定」と同じ構図

そんなわけでレースを十分に楽しみ、これならきっと多くの人が楽しめたであろうと確信したのだが、あとで確かめたSNSなどの反応はなかなか興味深いものがあった。端的に言って、年齢の高い層からの反応は否定的なものが多かったのである。「音がしないから面白くない」「何やら人工的な感じがする」「つまらなくて1周目でテレビを消した」──といった感想でも何でもない否定が、やたらと目についたのだ。

こうした反応から感じたことは、これはEVの話とまったく同じ構図ということである。結局のところ食わず嫌いであるものの、何となく文句は言いたいといったところは、世の“EV否定派”とあまり変わらないのではないか。

どうやらフォーミュラEの理解度向上も、EVの普及促進も、同じような戦いになりそうである。幸いなことにTokyo E-Prixは複数年契約とされ、今後もチャンスはある。その魅力が伝わっていくころには、世間のEVに対する見方にも変化が訪れているかもしれない。

一方で、課題も少なくない。日本で初めてのフォーミュラEの開催だった今回は事前告知があまりに少なく、チケットの販売数は限られていた(のちに来場者数は20,000人と発表されている)。悲願の東京大会を実現すべくフォーミュラE側はかなりの努力をしたとも漏れ聞こえてくるだけに、誘致の中心的な役割を果たしてきた東京都は、PRなども含めた国際イベントの開催体制をもっと充実させなければならないだろう。

日本初の公道レースという触れ込みではあったが、公道区間は全体の半分ほどだった。

Photograph: Handout/Jaguar Racing/Getty Images

それに初の公道レース、市街地レースという触れ込みには都市の中心部を駆け抜けるような光景が期待されたが、実際には公道部分が少なく迫力を欠いた、あるいは物足りなかったと思われても仕方がないだろう。

本音を言えば神宮外苑や都庁周辺といった都心部で開催してほしいところだが、湾岸エリアであっても、せめてお台場の中心エリアにしてほしいと思わずにはいられない。いまや“本家”であるF1も市街地レースに力を入れており、昨年はラスベガス市街でのグランプリ開催を実現しているのだから。

EV否定派を例に挙げたが、クルマ選びにしてもモータースポーツにしても、食わず嫌いはつまらない。だが、そうさせてしまうことにも理由はあるはずだ。そうした点を踏まえて、来年のTokyo E-Prixがどのような進化を遂げるのか。そして人々の反応がどう変化していくのかを、楽しみにしたい。

(Edited by Daisuke Takimoto)

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