巨大テック企業の影響力は今後どうなる? 欧州で「デジタル市場法」が全面適用へ

欧州連合(EU)が大手テック企業の活動を規制する「デジタル市場法(DMA)」が、3月7日から全面適用される。巨大企業が運営するサービスの門戸を開かせることで影響力を弱める狙いがあるが、その実効性に関しては懐疑的な見方も出ている。
A red button with the EU flag and a yellow exclamation mark on it photographed on a yellow background
Photo-illustration: WIRED Staff; Getty Images

欧州連合(EU)の住民たちは、外国勢によって構築・支配されたインターネットの中で暮らしている。EUに住むほとんどの人々は米国の検索エンジンを使い、米国のネット通販サイトで買い物をし、米国のスマートフォンを指でいじり、米国のソーシャルメディアのフィードをスクロールしているのだ。

この事実が、ブリュッセルのEU本部での警戒感を強めるきっかけになった。それらの外国企業が自分たちの周りの経済をいったいどのように歪めているのか、EUは理解しようとしている。

5年前に出版されたショシャナ・ズボフの著書『監視資本主義』は、当時のEU議員たちによる巨大テック企業に対する批判の多くを端的に伝えていた。そのころ議員たちは、ちょうど主要な個人情報保護法である一般データ保護規則(GDPR)の施行に向けた準備を進めているところだった。

そしてEUは、テック企業に対するもうひとつの歴史的な規制「デジタル市場法(DMA)」を施行しており、企業は3月7日からこの規制に全面的に従わなければならなくなる。こうしたなか、現在のブリュッセルの雰囲気を別の評論家が次のように総括している。

経済学者で元ギリシャ財務大臣のヤニス・バルファキスは2023年に出版された著書『Technofeudalism(テクノ封建制)』において、米国の大手テックプラットフォームが欧州に封建制を蘇らせたと主張している。自分のものではない土地であくせく働く中世の農奴と、厳しい規則に従いながら販売ごとに売上の一部を差し出しているAmazon出品者との間に、ほとんど違いはないとバルファキスは考えているのだ。

ひと握りの大手テック企業がインターネットユーザーをデジタル帝国の支配下に取り込んできたという考えは、欧州全体に浸透している。書店でバルファキスの『Technofeudalism』と同じ本棚に並べられている『Cloud Empires(クラウド帝国)』や『Digital Empires(デジタル帝国)』も、おおむね同様の主張をしている。

スウェーデンのスポティファイやスイスのProtonMailなど、大手テック企業のライバルとなることを目指す欧州の企業は、潜在的なユーザーにリーチする自分たちの能力をグーグルやメタ・プラットフォームズ、アップルなどの企業が不当に制限していると何年も前から主張してきた。新しいAndroidスマートフォンに「Gmail」をプリインストールするといったグーグルの戦術や、アップルによるApp Storeの厳格なルールが不当な制限をもたらしているという。

「独占的であることは問題ではありません」と、オックスフォード大学教授でインターネット研究所でテクノロジーと規制を研究するサンドラ・ワッチャーは言う。「ほかの人たちを市場から排除し始めると、問題になります」

「解体するな、こじ開けろ」という発想

この問題への答えとして、ブリュッセルの政治家たちは2022年にDMAの導入に合意した。この法律は、消費者とほかの企業との間でゲートキーパー(門番)の役割を果たしている、つまり、最大手のテック企業(ほとんどが米国企業)の力を抑制することを目的に策定されているのだ。

表現の自由のほうに重点を置いた同種の規制「デジタルサービス法(DSA)」も、この2月に施行された。オックスフォード大学教授のワッチャーによると、これらの規制は法律によって政府や君主が振りかざす国家権力から国民や経済を守ろうとしてきた、長い伝統にならったものであるという。

「民間企業の台頭とグローバル化によって権力者が変わったのです」と、ワッチャーは語る。つまり、テックプラットフォームが王のようにデジタル上の生活を支配しているのだ。DMAは、そのような変化に追いつくための試みの一部である。

アルファベット、アマゾン、アップル、メタ、マイクロソフト、そしてTikTokを運営するバイトダンス(字節跳動)など、“ゲートキーパー”とみなされるプラットフォームにとっては、DMAによって3月7日からルールが変わる。この法律は、EUがゲートキーパーたちの「中核サービス」と呼ぶものを、本質的に力ずくで開放させるものだ。

これまで規制当局は、巨大企業をバラバラに分解することで抑制する手法を提案してきた。これに対してEUの議員たちが掲げてきたモットーは、「大手テック企業を解体するな、こじ開けろ」である。

理論上は、これはEUの住民のデジタル生活にとって大きな変化になる。iPhoneのユーザーは間もなく、アップルのアプリストア以外からアプリをダウンロードできるようになるはずだ。Windowsには、マイクロソフトの検索エンジン「Bing」が初期設定の検索ツールとして搭載されなくなる。メタが所有するWhatsAppのユーザーは、競合他社のアプリのユーザーとコミュニケーションをとれるようになる。グーグルやアマゾンは検索結果を微調整し、ライバル企業に譲歩しなければならなくなるだろう。

また、同じ企業の異なるサービス間でのユーザーデータの共有にも制限がかかる。違反した場合には、最大で世界全体の収益の20%の制裁金が科されるルールだ。さらにEUは、テック企業に事業の一部売却を命じるという最終手段に訴えることもできる。

大手テック企業を「改めさせる」ことはできるのか?

義務化された変更点については、ほとんどの大手テック企業が一様に警戒感を示している。グーグルは公式ブログで「困難な代償」について言及した。Googleでの検索結果から、ホテルや航空便の情報を集積するサービスへのアクセスが増える可能性があるというのだ。アップルは、DMAが自社デバイスの安全性を損なうと主張している。

アップル、メタ、ティックトックは「新たな規定が自社サービスを不当に標的にしている」として、EUに法的な異議を申し立てた。現状を支持する勢力は、現に活発な競争が繰り広げられていると主張している。「ティックトックを見てほしい。過去10年間に創業されたテック企業が、いまではいわゆる“ゲートキーパー”の1社に指定されているではないか」というわけだ。

しかし、ティックトックは例外だ。DMAは、テック業界で新たな有力企業が普通に出てくる状況を求めている。EU委員(競争政策担当)のマルグレーテ・ベステアーが22年に『WIRED』US版で説明していたように、「イノベーションを促すことで小さな企業もそうしたことを実現できるようにする」ことが目的なのだ。

多くの人は、それを「実現」する新企業に欧州企業が含まれることを願っている。ドイツの検索エンジン「Ecosia」からフランスのメッセージアプリ「Olvid」、ポーランドのAmazon的な存在である「Allegro」に至るまで、ほぼすべての大手テック企業のサービスについて、地元の対抗馬は少ない。こうした企業がDMAの恩恵を受けてほしいというのが多くの願いだが、新たな規定がどれだけ大手テック企業を改めさせることができるのかついては、懐疑的な見方が広がっている。

こうしたなか米国のエピックゲームズは3月6日、アップルが欧州の開発者アカウントを閉鎖したと発表した。エピックがDMAを利用し、iOS用のゲームストアを新たに開設すると宣言してからすぐのことである。

取材に対してアップルは、エピックが信頼に値しないのだと指摘したうえで、21年の判決によってアップルがエピックの完全子会社のアカウントを閉鎖する権利を有しているのだと説明している。「その権利を行使することをアップルは選ぶ」と、同社の広報担当はコメントした。

App StoreはDMAがまず焦点を当てる領域になるのだと、EU委員のベステアーは3月上旬に語っている。だが、欧州の人々は、インターネットが一夜にして変わることは期待できない。新たな規定が導入されてから当面は、ネット市民の生活を楽にすることではなく、世界最大級の企業の影の覇権争いにその効力が及ぶことになるだろう。

現実には、オンラインの体験は当面は混乱しそうだ。おそらく、ウェブサイトのポップアップ広告が増えるだろう。「これらの企業が独占的な立場を保っている理由のひとつは、わたしたちが利便性の中毒になっている点にあります」と、コロンビア大学法科大学院教授のアヌ・ブラッドフォード(『Digital Empires』の著者)は言う。新たな規定の導入によって、ユーザーは自身のオンライン生活の状況について再考を迫られるのだと、ブラッドフォードは指摘する。今後は米国の企業が設定した初期設定は適用されなくなるのだ。

DMAの目的は、そうした利便性と引き換えに何を手に入れたのか、欧州の人々に考えさせることにある。DMAは必ずしも利便性に関係しているわけではなく、権限を扱う法律だ。オンラインの世界が開放されるなかで、欧州の人々がそうしたことを思い出せるかどうかは、まだわからない。

WIRED US/Edit by Daisuke Takimoto)

※『WIRED』による欧州連合(EU)の関連記事はこちら


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