EVの販売が減速、だから「移行は困難」との結論を出すには早すぎる

電気自動車(EV)の販売は世界的に減速している。確かに逆風が吹いているように見えるが、EVへの移行を達成するには適切な公共政策やメーカーによる取り組みが欠かせないのだと専門家は指摘する。
Aerial view of a car pulling into an electric vehicle charging station.
Photograph: Justin Sullivan/Getty Images

いまを思えば、誰も「簡単」とは言っていなかった。

今年の電気自動車(EV)に関する主なニュースは、がっかりさせられる内容ばかりだ。地球の気温を押し上げ、壊滅的な気候変動を引き起こしている化石燃料からの脱却を世界が急ぐなか、EVメーカーはドライバーたちをなかなか環境にやさしい自動車に乗せられないでいる。

フォードは現在、電動ピックアップトラック「F-150 Lightning」の生産ラインを停止しているゼネラルモーターズ(GM)は、新型の電気SUVにソフトウェアの問題が発生したことを受け、このクルマの販売を停止した。また、ほかの3モデルのEVの生産も遅らせているボルボの高級EVブランドであるポールスターは、「厳しい市場環境」を理由に人員削減を実施した。レンタカー会社のハーツは、保有するEVを大量に整理している

そして自動車の購入者たちは、これからEVを購入するかどうかを決めかねている様子だ。米国欧州、さらには中国の自動車メーカーも、2024年は販売が減速すると警告している。EVの巨人テスラでさえ、多難な前途を見越しているメーカーのひとつだ。

それが“EVへの移行”というものである。専門家たちによると、ある程度の浮き沈みは予想済みだったという。自動車業界がやろうとしているような規模の地政学的転換は、四半期単位ではなく、年単位で成し遂げられるものだ。“非常ボタン”を押すには、まだ早すぎるかもしれない。

「すでに移行は始まっています」と、調査会社ブルームバーグNEFのEV担当シニアアソシエイトのコリー・カンターは言う。「内燃エンジン車の販売はピークを打ちました。次の問題は、自動車メーカー各社が自分たちの目標を達成できるかどうかです」

カンターらは昨年末、米国における24年のバッテリーEVとプラグインハイブリッド車(PHV)の新規販売台数を160万~210万台と予測していた。現在の予測では、その範囲の下限に近い数字になる可能性があると、カンターは言う。

たとえそうだとしても、今年の米国での販売台数は30%近く跳ね上がるはずだ。世界全体では、今年のEVの販売台数は昨年より22%増の1,670万台になると、ブルームバーグNEFは予測している。

「もしこれがほかの業界だったら、そのような成長は驚くべきものでしょう」と、世界的な研究機関である世界資源研究所の気候政策研究者のジョエル・イェーガーは語る。「わたしたちは、この信じられないような成長を少し当たり前のように感じ始めています」。それでもイェーガーは、「だからといってEVへの移行にこれから問題がないというわけではありません」と言う。

ネガティブな気配の裏側にある各国の事情

米国、欧州、そして中国のEV市場に漂うネガティブな気配には、少なくともひとつの同じ根本的な原因がある。高金利だ。金利が高いと、数週間先、数カ月先に自動車のような大きな買い物をするという見込みも、あまり魅力的なことではなくなってしまう。

一方で、それぞれの地域に固有の問題もある。欧州では、フランスとドイツで数年前に導入されてEVの価格を引き下げる役割を果たした補助金制度が期限切れになった。そして気候目標に関する積極的なコミットメントのせいで、政策立案者たちは欧州の道路により多くのEVを走らせる方法に注力し続けるはずだ。これに対して消費者は、より安価なEVや、おそらくより高度なバッテリー技術を利用できるようになるまで甘んじて待つ姿勢のようである。

中国では、国内自動車業界の大手企業間の熾烈な競争が価格戦争を引き起こしてきた。価格が下がることは、中国の自動車購入者にとって(そして中国企業が本格的に参入を進めている世界市場においても)喜ばしいことかもしれないが、短期的には収益性について疑問を生じさせる。

米国では、自動車メーカーのほかの車と比べて割高なEVの購入に対し、消費者が二の足を踏んできたのだとアナリストたちは言う。その差は縮まりつつあるとはいえ、平均的なEVの価格は平均的なガソリン車の価格よりもまだ高い

こうした状況は、26,500ドル(約400万円)で買える米国市場で最も手ごろな価格のEV「シボレー・ボルト」が24年から生産中止となったことで悪化している(ボルトは25年に復活することになっている)。

自動車業界は、いま奇妙な時を迎えている。自動車メーカーは大量のEVを発売するほど儲かっておらず、価格を引き下げられるほどには生産規模を拡大できないのだ。米国では公共充電システムが十分に整備されていないことも、いますぐ自分の生活にぴったり合うクルマを欲しがっている大部分の人々に対してEVの魅力を損なわせている。

「イノベーターやテクノロジーのアーリーアダプターたちは、多少の難点なら我慢することをいといません」と、シカゴ連邦準備銀行の自動車産業専門政策アドバイザーのクリスティン・ジチェクは言う。「でも、大衆市場の消費者たちは難点を我慢しないでしょうね」

適切な公共政策の重要性

EVにまつわる今年の問題を乗り越えるには、適切な公共政策の実施が重要かもしれない。研究者のイェーガーは、自動車販売台数に占めるEVの割合がはるかに高い国々におけるEVへの転換点について研究してきた。イェーガーによると、それらの国ではEVが内燃エンジン車に対してコスト競争力をもつようになると、EVの普及率が急上昇したという。

ノルウェーの例を見てみよう。ノルウェーでは政府の一連の補助金のおかげで、2012年までにEVはガソリン車よりも安くなった。12年当時のEVの販売台数は、乗用車全体の3%にすぎなかった。ところが、5年後の17年には、EVは販売台数の21%を占めるまでになった。現在では約80%に達している。

米国では連邦政府による新たな自動車補助金制度が1月に始まった。しかし、そのルールは限定的であり、恩恵にあずかるのはEV市場のごく一部にすぎない。また、EVがガソリン車と完全に競争できるほど価格も下がっていない。

補助金だけが目標を達成するための方法ではない。欧州連合(EU)や日本、米国のカリフォルニア州が計画しているように、政府が一定の期日までにガソリン車の販売を全面的に禁止する可能性もある。

EVへの移行において、政府は果たすべき役割を担っている。しかし、専門家たちによると、より多くのゼロエミッション車を普及させるには、世界の自動車メーカーによる巧みで複雑な取り組みも必要になるという。

現在もまだガソリン車を生産している大手メーカーは、これからEV業界全体の体制を整えながら、十分な数のガソリン車も生産(そして販売)しなければならないだろう。すべてのメーカーが生き残れるかどうかは、まだわからない。「途中では荒れ模様にもなるでしょう」と、ジチェクは言う。

しかし、そのようなことは、すべて何年も前からある程度は予測されていた。ジチェクは電気や洗濯機、電子レンジなど、あらゆるテクノロジーの普及曲線を振り返る。今日の購買者たちは、これまで以上に素早く新製品を手に入れ、新しい生活様式を取り入れているようだ。しかし、何か新しいものが「スムーズな道を歩む」と考えることは「ばかげています」と、ジチェクは言う。

WIRED US/Edit by Daisuke Takimoto)

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