「Neue Klasse(ノイエ・クラッセ)は、自動車や具体的なコンセプトという枠を大きく超えた存在です」と、BMWの最高経営責任者(CEO)で社長のオリバー・ツィプセは語る。「これはBMWブランドを再定義する存在であり、同時にこれまで以上のBMWらしさを打ち出していくものなのです」
このほどBMWが発表した次世代の電気SUV「Vision Neue Klasse X(ビジョン・ノイエ・クラッセ・エックス)」を見るにあたっては、この言葉を念頭に置きたい。このモダンで鮮烈な印象のコンセプトカーは、現行の「iX3」の後継として18カ月後に発売される予定の電気自動車(EV)の姿を、ひと足先に見せてくれているのだ。
この“次期iX3”は昨年の発表で好評だったセダンタイプの「BMW Vision Neue Klasse」に続く「Neue Klasse」コンセプトの第2弾となる。そして、BMWの新しいモジュラー式のEVプラットフォームを採用する6モデルの先駆けでもある。
Neue Klasseという名称は、1962年に登場して成功を収めた過去のモデルの車名を思い起こさせる。実存的危機と財政難に直面していたBMWを救い、そしてBMW車のデザインの型も確立したモデルだ。そこから数十年にわたりBMWは、世に称えられる明らかなセンスをもってその型を進化させ続けてきたのである。
現在のBMWは二極化を追求するあまりに、その遺産を“浪費”しているとして一部から非難されている。このNeue Klasseという新たな哲学はそうした非難を抑えようとするのみならず、「完全に電動化されたBMW」というまったく新しい時代に向けたプランを示している。そうして新時代のクルマは、運転と所有の体験のあらゆる側面に再考を迫るものになることだろう。
大局的な意味でNeue Klasseプロジェクトは、BMW史上において他に並ぶものがないほどの最大規模の財政投資なのだ。
「ハート・オブ・ジョイ」の重要な意味
BMWが投じる資金の大部分は、このプロジェクト全体を支えるテクノロジーに費やされてきた。Neue Klasseのプロジェクトに含まれる次世代モデルは、第6世代の「BMW eDriveテクノロジー」を採用する。新しいバッテリーは容量が75kWh、90kWh、105kWhが用意され、800Vのアーキテクチャーによって充電速度が最大で30%向上するという。
バッテリーシステムはBMWが社内で開発したもので、新設計となる液冷式の円形セルを採用する。セルは高さ95mmと120mmがあり、搭載するモデルに応じて使い分けることになる。現在のバッテリーと比べるとニッケル含有量が多いが、コバルトの量は少なく、全体的なエネルギー密度は20%向上しているという。
Neue Klasseプロジェクトの次世代モデルは最大出力350kWのDC急速充電器に対応しており、充電時間の短縮につながる。BMWによると、わずか10分で186マイル(約300km)相当の充電が可能だ。新設計の同期モーターも、新しい巻線や冷却性能の向上、そしてスターターの再設計によって効率を高めている。
だが、こうした進化は「ハート・オブ・ジョイ」と呼ばれる新開発の制御システムに比べれば小さな話だろう。このシステムはハードウェアとソフトウェアを統合して制御することで、パワートレインとその他のダイナミクスにかかわる機能(制動や安定性、トラクションの制御システム)すべてを複数のサブプロセッサーではなく、単一の“頭脳”で制御するようにしたものだ。
従来の電子制御ユニット(ECU)は10〜20ミリ秒のタイムラグに悩まされてきたが、これをBMWは新しいシステムによって1ミリ秒にまで短縮できるという。逆説的ではあるが、こうしたデジタル技術の飛躍がNeue Klasseのクルマのハンドリングに古風なアナログ感覚をもたらし、多くの人がEVに感じる一種の物足りなさを埋めてくれることだろう。
これまでもBMWは、常にカリスマ的な存在だった。そして電動化の時代においてカリスマ性を築こうとする挑戦が、いま始まったのである。
「『ハート・オブ・ジョイ』とはBMWが30年間にわたって蓄積してきた経験そのもので、それをひとつの制御ユニットに融合しているのです」と、BMWの最高技術責任者(CTO)のフランク・ウェーバーは語る。
「ドライビングのパフォーマンスからシャーシの制御、そしてパワートレインに関連するすべてが、ひとつの制御ユニットに統合されています。究極のドライビングマシンというアイデアが気に入ったのであれば、搭載されている機能に驚くことでしょう。インフォテインメントシステムも同様で、適切なものを顧客に提供するには最重要なソフトウェアスタックとソフトウェア開発プロセスを内製化している必要があります」
とてつもないパフォーマンス
ウェーバーによると、バッテリーの大型化はBMWのサステナビリティ目標とは相容れないのだという。一方で、高性能モデルを専門とする「M部門」が手がけるMシリーズには、“本物”のBMWらしさを感じられることを約束した。
「Neue Klasseは野心的なプロジェクトであり、いまのBMWがもっているものをはるかに上回る存在になります」と、ウェーバーは主張している。「将来のMシリーズの出力は1メガワット(1,340bhp)に迫り、車輪それぞれを個別に制御できるようにもなるのです」
「内燃機関の音を恋しく感じる人もいるかもしれませんが、車両の挙動に関して不満が出ることなど絶対にありません。とてつもないものになります。Mシリーズに求められる要件のすべては、この新しいテクノロジープラットフォームに組み込まれています。BMWのエンジニアがこのシステムの能力について知れば知るほど、エンジニアたちも自信を深めていきました。重要なことは車両の挙動です。そしてEVの制御には夢中になれるほどの可能性があるのです」
ここで「Vision X」の話に戻ろう。BMWのEVである「iX」と「i7」に対して“やり過ぎ”と感じる人たちにとって、この新しいコンセプトは間違いなくBMWの美の様式を整え直したものに映ることだろう。クリーンでモダンな外観に、いかにも「BMWのクルマ」であるという力強くも細やかなアイデンティティがある。
「わたしたちは、ぶれることのないBMWの遺産とは何かを定義しようとしたのです」と、iシリーズのデザイン責任者であるカイ・ランガーは語る。「そしてVision Xは、その最も純粋な本質でもあります。このクルマから線をひとつ削ろうとしても不可能です。Vision Xはプロポーションこそまったく違いますが、明らかにBMWです。シンプルに削ぎ落とされ、大胆にして生命力をたたえています」
「正しいこと」にフォーカス
興味深いことに、このクルマは1966年に登場した「02」シリーズを思い起こさせる。70年代に人気だった「3.0 CSL」や、80年代初期の「3シリーズ」のE30型の面影すらある。
Vision Xはこれらのモデルの雰囲気をほのかにまとってはいるが、そうした印象を受けること自体が“再考”があったことを示唆している。また、BMWおなじみの縦型のキドニーグリルは今後はSUVの「X」シリーズにのみ採用され、セダンとスポーツカーには水平に近い形状のグリルが使われる予定だ。
Vision Xのフロントグリルの要素は、3D彫刻のような仕上がりになっている。バックライトを搭載しており、ドライバーが近づくと光る仕組みなのだ。前後のライトのLEDには光の強さを変化させる3Dプリントされたパーツがあり、奥行きを演出するために映り込みの効果を生かしている。
BMW車の伝統であるホフマイスター・キンク(Cピラーが逆方向に弧を描いている特徴的なデザイン)には、クロームメッキされた縁取りではなく反射プリントを採用した。この通り、サステナブルなのだ。
「BMWの特定のモデルが影響しているわけではありません」と、ランガーは言う。「代わりに“正しい”ことができている点に目を向けました。例えば大きな窓ガラスを採用したのは、車内にたっぷりと光を入れたかったからです。軽やかに見えるものをつくりたかったのです。機敏さやダイナミズムを思わせますから」
重要な点は、Vision XがBMWによる循環型経済(サーキュラーエコノミー)への取り組みの実例でもあることだろう。車内には多くの再生資源が使われている。
そして新しいデザインの4本スポークのステアリングと、シンプルなセンターディスプレイを搭載した。2001年に登場して物議を醸した4代目「7シリーズ」からBMW車に採用されてきた制御システム「i-Drive」は、Vision Xでは廃止されている。
サステナビリティとは本当に必要なものを見極め、不要とみなされたものすべてを“捨てる”ことでもある。Vision Xで切り捨てられた要素は、ドライバーの正面に配置されていた従来型のメーター類だ。代わりにフロントウィンドウの下部に、横幅いっぱいに重要な情報を投影する「パノラミック・ビジョン」が搭載されている。
さらに、3D表示のヘッドアップディスプレイも搭載される。中央に配置された大きなディスプレイに表示される項目は、指先でスワイプすることでパノラミック・ビジョンに“移動”させることも可能だ。加速度と車速に応じて“走行音”が生成されるサウンドシステム「HypersonX」も搭載されており、ドライバーは音の効果を選んで楽しむこともできる。
車内のドア下部とセンターコンソールには植物と鉱物由来の素材が使われており、海洋プラスチックを使っている部分もある。また、外装の一部にはリサイクルされた単一の素材を使用している。
「世界はいま困難な状況にあります」と、ランガーは言う。「サステナビリティと楽しみは両立できるということを、わたしたちは実証して見せているのです」
(Originally published on wired.com, edited by Daisuke Takimoto)
※『WIRED』による電気自動車(EV)の関連記事はこちら。BMWの関連記事はこちら。
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