マジックマッシュルームの成分とMDMAを医療目的で合法化へ、オーストラリアの世界初の決断が意味すること

合成麻薬の一種であるMDMA(別名「エクスタシー」)と、マジックマッシュルームと呼ばれる毒キノコ類に含まれるサイロシビン(シロシビン)の医療目的での使用が、世界で初めてオーストラリアで正式に承認されることが発表された。さまざまな“疑問”も残るなかでの決定であることから、その本格展開の道のりは長いとの声も上がっている。
Magic Mushrooms in container
Jon Cartwright/Getty Images

MDMA(メチレンジオキシメタンフェタミン、別名「エクスタシー」)と、いわゆる「マジックマッシュルーム」と呼ばれる毒キノコ類に含まれるサイロシビン(シロシビン)が、世界で初めてオーストラリアで医薬品として正式に承認される。オーストラリアの医薬品規制を担う保健省薬品・医薬品行政局(TGA)」が2023年2月3日、認可を受けた精神科医が心的外傷後ストレス障害(PTSD)の治療にMDMAを、治療抵抗性うつ病にサイロシビンを7月1日以降は処方できるようになると発表したのである。

TGAがMDMAやサイロシビンを含有する実際の医薬品を承認するのは、まだ先のことになる。このため患者には、当初はこれらの薬物を含有する未承認の医薬品が与えられることになる。

この決断は大きな驚きをもって迎えられた。オーストラリアのTGAは21年12月末、これらの薬物について医療目的での使用のための再分類をしない決定を下していたからだ。

「朝起きると、わたしのメールボックスは『今回の件、聞きました?』という人々のメッセージで溢れ返っていました。この決定には衝撃を受けました」と、メルボルン大学精神医学部の精神科医でシニアリサーチフェローのサイモン・ラッフェルは語る。

これらの薬物の支持者が喜ぶ前に、まだ多くの疑問が残ると専門家は警告する。7月1日以降、何人が実際にこれらの薬物治療を受けることができるのか。またオーストラリアは、これらの薬物治療を効果的かつ安全に展開するためのエビデンスが十分に揃わない段階で先走ったのではないか、といった疑問だ。

「本格展開には時間がかかると思います」と、スウィンバーン工科大学「Centre for Mental Health」の非常勤准教授でメルボルン大学シニアリサーチフェローのダニエル・パーキンスは指摘したうえで、このやり方は賢明であると言う。つまり、徐々に展開することで有効なこととそうでないことを見極めればいい、ということなのだ。「(当局は)おそらく意図的にこの方法をとったのでしょう」

処方が実現するまでの長い道のり

これらの薬物を精神科医が投与する許可を得るまでの道のりは、長く曲がりくねったものになるかもしれない。精神科医はまず、オーストラリアの「Authorised Prescriber Scheme(認定処方者スキーム)」 の認可を得なければならない。これはつまり、人を対象とした研究倫理審査委員会の承認を受け、続いてTGAの承認を受けるということになる。

そのためには精神科医が自らの治療計画の臨床的な正当性を示せること、治療の過程にわたり適切に管理すること、そして患者を保護するための適切な対策を講じることを証明しなければならない。この「対策」が実践において具体的にどのようなものになるのか、まだTGAは詳細を示していない。

さらにTGAは、精神科医が認定処方者になるために要求される最低限の訓練基準に関する詳細も、まだ示していない。MDMAやサイロシビンの治療のエビデンスには、薬物自体に加えて訓練を受けた専門家の治療を受ける患者の関与も必要になる。これらの点を考慮すると、薬物が具体的にどのように処方されるかは不明瞭だ。

また、処方が適切であることを証明するようTGAが精神科医に求めていることも踏まえ、これらの薬物は心理療法と組み合わせて提供するよう求められることになる可能性が高いと、リース・コーエンは指摘する。コーエンはシドニー大学の「Lambert Initiative for Cannabinoid Therapeutics」の非業務アドバイザリーボードに所属しており、医療大麻業界のコンサルティングをしている。

さらにこれらの治療は、精神科医か心理士であれば誰でも安全にできるものでもない。精神科医のラッフェルは、世界各地の先住民によって確立された幻覚作用を用いた慣習においては、こうした薬物を安全に扱えるようになるまで最低5~10年かけて訓練が実施されていると指摘する。「精神科系・心理系の資格があれば追加の訓練なしに幻覚薬を扱えると考えるのは、重大な過ちのひとつだと思います」

こうした治療を受けるうえでのもうひとつの障壁は、おそらくコストだろう。これらの治療は健康保険の対象とならないので、「おそらく当初は症状のある比較的裕福な人向けの治療になるでしょう」と、メルボルン大学のパーキンスは指摘する。

また安全性と長期的な影響の点で、オーストラリアは順序を逆にしているのではないかと懸念する声もある。「まだ長期的なデータの検討がされていません」と、精神科医のラッフェルは言う。「最長のデータで12カ月です。将来的に何が起きるのかについては、あまりよくわかっていないのです」

一方で、「なかでも話題になっているPTSD(心的外傷後ストレス障害)やうつなどの治療抵抗性の症状には、非常に大きなメリットがもたらされる可能性があります」と、パーキンスは言う。

ほかの国での承認にも影響

オーストラリアが先陣を切ったことに対する驚きは大きいといえる。米国ではオレゴン州が2023年初頭、成人によるサイロシビンの使用を「州認可ファシリテーターの監督下で」という条件つきで米国で初めて許可した州となっている。いまのところ米国では、サイロシビンは未承認の被験薬という位置づけのままになっているのだ。

また24年には米食品医薬品局(FDA)が、MDMAをPTSD治療薬として承認すると予想されている。スイスでは一部の限られた精神科医に、心理療法の補助として幻覚剤であるLSDとMDMAの使用が認められている。

このスキームがオーストラリアでどのように展開するか次第で、今後ほかの国がこれらの薬物の治療目的での使用を認めるかどうかにも影響が及ぶだろう。仮に好ましくない展開となり、人に害が及んだ場合も同様だ。「これから世界中の目がオーストラリアに向けられると思います」と、精神科医のラッフェルは語る。

ラッフェル自身としては、「楽観主義者」としての側面からはサイケデリック(幻覚剤)治療がようやく進展を見せていることに心を躍らせている。「一方で、自分のなかの悲観主義者は、これはネガティブな結果をもたらしうるのかもしれない、と思ってしまいます」と、ラッフェルは言う。「そうではないことを願っています。でも、それは未来にならないとわかりません」

WIRED US/Edit by Daisuke Takimoto)

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