オリンピック需要を狙うAirbnbと、民泊を規制したいパリ市の“勝者”はどちらに?

フランスのパリで民泊規制が強化されているなか、Airbnbはオリンピック需要を取り込むべく攻勢をかけている。“勝利の女神”はどちらに微笑むのだろうか?
Aerial photograph of Paris with a pink and blue overlay effect the Eiffel Tower has been cut out and filled with Airbnb...
Photo-illustration: WIRED Staff; Getty Images

フランスのパリで7月下旬に借りられる部屋をAirbnbで検索すると、エッフェル塔が少しだけ見える1泊167ドル(約27,000円)の小さなワンルームから、シャンゼリゼ通りのすぐそばの1泊3,500ドル(約56万円)近い豪華なアパルトマンまで、さまざまな選択肢が表示される。また、今年の夏季オリンピックの開会式の夜にオルセー美術館のシンボルである時計のある部屋に宿泊できるチャンスも、Airbnbから幸運なファン2名にプレゼントされる。

パリで開催されるオリンピックには、約300万人の来訪者が見込まれている。出場する10,500人の選手と同様に、Airbnbも何年も前から準備を進めてきた。

そんなAirbnbは2019年、2028年の夏季オリンピックが終了するまでの9年間にわたる提携契約を国際オリンピック委員会と結んだ。このときAirbnbは、提携によってオリンピックを通じて世界の各都市で数十万人の新たなホスト(オーナー)が誕生することを期待していると説明している。

短期賃貸に対する当局の規制が敷かれているパリにおいて、オリンピックはAirbnbが大きな足がかりを得るチャンスとなる。過去10年で類似のプラットフォームとともに爆発的人気を博したAirbnbだが、世界中の都市でパリと同じような抵抗にあってきた

例えば、Airbnbが家賃をつり上げ、近隣の住宅街に好ましくないゴミや騒音、物理的な危険をもたらすという非難が上がっている。これに対してAirbnbや競合他社は、自分たちは旅行者に柔軟な旅を、住宅費高騰に苦しむホストには臨時収入を提供していると主張している。

パリ五輪の期間中、Airbnbの賃貸がホテルより安価な宿泊施設を提供し、周囲に大きな迷惑をかけることなく一部の地元住民に収入をもたらして大きな成功を収めたとみなされれば、パリですでにかなりの存在感を示しているAirbnbは今後さらに成長していくだろう。

Airbnbの最高経営責任者(CEO)のブライアン・チェスキーは昨年夏、パリ市民に対して「オリンピック期間中は自宅を貸し出して期間中の宿泊料金を抑えよう」と呼びかけた。オリンピック需要に引き寄せられた新たなホストの一部が、長期的にAirbnbにとどまることを期待しているのだ。

そして、オリンピック効果はすでに出ているとAirbnbは主張している。Airbnbが発表した最新のデータによると、大会期間中の予約宿泊数はパリの2023年の同じ時期の宿泊数の5倍に達しているという。試合はフランス各地で開催されるので、パリ郊外やフランスの他都市でも短期賃貸の動きは活発になっている。

パリの有効登録物件は約40%増となり、過去最高を記録した。そしてAirbnbの平均的なホストは、大会期間中に2,000ユーロ(約35万円)を稼ぐと予想されている。ただし、ホストの手元にどれだけの金額が入るかは、宿泊予約が入るかどうかにかかっている。実際に調べてみたところ、大会開催まで数週間と迫った時点で登録された多くの部屋まだ空いていた。

需要の急増が絶好の機会に?

パリ市政府とAirbnbの関係は、ここ何年にもわたって険悪な様相を呈している。パリ市長のアンヌ・イダルゴは、2019年にAirbnbとオリンピック委員会との提携が発表されるとすぐに反対を表明し、Airbnbが市民に与える影響について大会主催者に痛烈な書簡を書いた。当時のパリ市は、住民が自身の主たる住居全体を賃貸できる上限を年間120泊までと定めていたのである。

さらにパリ市は最近、ホストが鍵の保管に使う小型のキーボックス(短期賃貸の目印にもなる)の設置が景観を損なうとして、利用の禁止も検討している。この件に関するコメントの要請に市はすぐに応じなかったが、短期賃貸に対する規制を2023年に強化したことで違反の罰金が減少したという。

こうしたなか、Airbnbの最高事業責任者のデイブ・スティーブンソンは、短期賃貸なしではパリは外部から来る宿泊客の圧力に耐えられず、新たなホテルの建設を余儀なくされていただろうと主張している。パリ市と周辺地域には推定16万室のホテルがあるが、その多くはオリンピックのスタッフや選手が利用するからだ。

「こうした需要の急増が絶好の機会になり、Airbnbは広く利用されるようになるでしょう」と、スティーブンソンは言う。「Airbnbは地元のパリ市民に収入をもたらし、オリンピックを成功に導くすばらしい方法なのです」

多くの訪問者の流入が予想される都市にとって短期賃貸は、短期の収容能力をほぼ瞬時に増やすスピーディーな“圧力放出弁”として機能する。オリンピックにおいてはいつものように過剰な宣伝が人々をあおっているわけだが、実際のところ今夏のパリにはまだ多くの空室がある。

例えば、Airbnbで大会最初の週末に2人で泊まれる宿を検索すると1,000件以上がヒットし、その多くが1泊200ドル(約32,000円)以下だった。一方、エクスペディアでホテルの部屋を検索すると、同じ程度の低料金で部屋を提供するホテルは20軒ほどしか見つからなかった。

パリではオリンピック期間中のホテルの宿泊料金は昨年12月以降に下がっているが、昨夏の同じ時期よりは高値にとどまっている。大会が開幕する週末のホテルの宿泊料金は、5月の時点で平均約440ユーロ(約76,000円)だった。

短期賃貸の状況を追跡する第三者プラットフォームのAirDNAによると、オリンピック期間中の短期賃貸物件の予約率は、試合が開催されるすべての場所において、大会2週間前の期間に比べて8%上昇している。一方で、利用可能な部屋数は38%増だという。

Airbnbの利用者増につながるか

オリンピック期間中のパリの短期賃貸の平均価格は1泊481ドル(約77,000円)で、早めに予約した人の平均は350ドル(約56,000円)だ。パリ以外では平均289ドル(約46,000円)で、以前の198ドル(約32,000円)からは上がっている。

Airbnbのスティーブンソンによると、Airbnbのリストに掲載されている「大半」の物件は、家族が自身の家を登録しているものだ。一方でパリ市民のなかには、オリンピックが大きな混乱を招くとして旅行者に来てほしくないと言っている者もいる。パリを出て市外に逃れる算段をしている人もいるほどだ。

Airbnbによると、オリンピックのために160以上の国と地域の人々が宿泊を予約したという。最も多いのは米国からで、予約の20%を米国人が占めている。他には、英国、ドイツ、オランダからの来訪者も多い。

AirDNAのチーフエコノミスト兼リサーチ担当シニアバイスプレジデントのジェイミー・レーンは、このような状況とAirbnbのマーケティング強化を考えれば、Airbnbの登録ホスト数が増えていて当然だと言う。「誰もがオリンピック熱に浮かされ始めています」と、レーンは言う。「Airbnbがパリ市内で広告や市場への働きかけをますます増やしているので、なおさらです」

多くの人がパリに流れ込んできたにもかかわらず空室がすぐ確保できる状況なので、Airbnbのホストのなかには予約が入らないままオリンピックが終わって落胆する人もいるだろう(パリで闘った多くの選手が結果に落胆するようにだ)。しかし、AirDNAのレーンによると、過去に大規模イベントが開催された場所では、Airbnbの存在感が持続的に高まったという。

「街にはイベント以前より多くの掲載物件が残ります」と、レーンは言う。「初めてAirbnbを利用してみた人にとって、そこでの体験はいい経験になります。人々は面倒なことがほとんどなかったと感じて、『また利用しよう』と考えるのです」

(Originally published on wired.com, edited by Daisuke Takimoto)

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