AIは労働者を置き換えていないのになぜ? 大手テック企業の人員削減の背景

AIはまだ、労働者の代わりになるような段階には至っていない。それでも、AI開発競争に参加する大手テック企業では、すでに何千もの雇用が失われている。
Surreal image of office cubicles with a person working late
Illustration: gremlin/Getty Images

アーロン・ダミゴスのメールの受信箱に「ビジネス・アップデート」と題されたミーティングへの招待が届いたのは6月3日のことだった。その会議には人事部の担当者、直属の上司、会社の上層部が出席していた。ダミゴスはそこで、マイクロソフトでのウェブサポートアソシエイトの仕事から解雇されることを突然告げられたのである。

マイクロソフトは6月初め、複合現実(MR)担当部門Azureクラウド部門、そしてダミゴスが所属していたコンシューマーセールス部門から約1,000人を解雇したと報じられている。このとき、マイクロソフトの戦略的ミッションおよびテクノロジー担当エグゼクティブバイスプレジデント、ジェイソン・ザンダーが従業員に送ったとされるメールが『Business Insider』にリークされた。これによるとザンダーは、人工知能(AI)に投資を振り向けることを解雇の理由に挙げている。「AIの新たな波を定義し、顧客全員がこの革新的な技術をうまく導入できるよう支援することが当社の重要な目標です。その実現に向けて、マイクロソフトの持続可能性と成長を保ちながら、長期的なビジョンと戦略に沿った意思決定を実施します」

ワシントン州タコマに住むダミゴスは、AIの推進が自分の仕事がなくなることになった直接的な原因だとは言われなかったと話す。ダミゴスの主な仕事は、顧客がマイクロソフトの製品をうまく使えるように支援することだった。

とはいえ、OpenAIの最大の出資者であるマイクロソフトが、AI技術を全面的に推進していることは明らかである。「AI関連の仕事に焦点が移ったことで、残念ながら、顧客対応関連の不可欠なはずの仕事の優先度は下がったのでしょう」と、解雇までの経緯を記録し、TikTokで自分のスキルを披露しているダミゴスは語った。「わたしはユーザーが製品を理解し、効果的に使えるよう手助けしてきました」と言う彼は、自身が所属していたチームについて「よりよい顧客体験を提供できる潜在能力がある」と感じていた。しかし、最終的に会社が投資することを選んだのはほかの分野だった。

マイクロソフトは、ザンダーのメールが本物かどうかについて言及していない。「組織や人員の調整は、事業の運営に必要なことで定期的に実施しています」とマイクロソフトの広報担当者、クレイグ・シンコッタは話す。「今後も未来を見据えた戦略的成長分野と、顧客およびパートナーの支援を優先し投資していきます」

「AIは労働市場を変える」

AIが長期的にどのように仕事に影響を与えるかはまだ誰にもわからない。とはいえ、多くの専門家は、AIがたくさんの労働者をすぐに置き換えることはないだろうという点でおおむね合意している。「AIは労働市場を変えるでしょう」と、求人サービスIndeedの経済研究ディレクター、ニック・バンカーは話す。「しかし、どのように変わるかはまだわかりません」。AIはより多くの仕事を生み出すと予測する人がいる一方で、すでに自分の仕事を奪うAIを訓練している労働者もいる。しかし、直近で発生している解雇は、未来的なAIの同僚ではなく、AIブームが何千人もの失業の原因になっている可能性を示している。

マイクロソフトだけではない。Dropboxは2023年4月に500人の解雇を発表し、同社の最高経営責任者(CEO)であるドリュー・ヒューストンはAIを理由のひとつに挙げていた。「理想的な世界では、社員をあるチームから別のチームに移動させるだけですみます。そして当社では可能な限りそうしてきました」とヒューストンは声明で伝えている。「しかし、次の成長のステージでは、AIと初期段階の製品開発という、別のスキルをもつ人たちを集める必要があるのです」

「効率化の1年」を経て会社の規模を縮小したメタ・プラットフォームズのマーク・ザッカーバーグも、AIへの投資に向けた人員削減について2月に次のように投稿している。「主要な目標は、最も広く使われ、最も先進的なAI製品とサービスを構築することです」

AIを開発するAnthropicに出資してきたグーグルのCEO、スンダー・ピチャイは、24年1月に開始した人員削減を、今後1年間続けると予告している。グーグルの業績は大きく成長しているにもかかわらずだ。「会社にとって最大の優先事項と、今後重要になる分野に責任をもって投資していきます」とグーグルの広報担当者、ベイリー・トムソンは言う。そして、23年と24年に、グーグルのいくつかのチームを「より効率的かつ働きやすくするために再編しました」とし、こう続けた。「これにより官僚主義や階層構造を減らし、従業員が最も革新的で重要な開発、および会社にとって最大の優先事項に取り組める機会を増やします」

過去の人員削減と似ている

AIへの転換を理由にした人員削減は、テック企業が過去に実施してきた人員削減と似ている部分がある。劣悪な労働条件で働くことを他国の契約労働者に強いるアウトソーシングがその一例だ。「AIへの投資とほかの労働力とのトレードオフに実際の関連性があるというよりも、AIへの移行以前からの変化に対して新たな理由付けをするために、AIがもち出されているのではないかと感じます」と、最近の解雇の影響を受けた企業の従業員が所属している労働組合「Alphabet Workers Union-CWA」の会長、パルール・コウルは語る。しかし、労働者は自分たちの解雇がAIに関連しているかどうかについて詳しい事情を知ることができないため、一部の解雇の事例をAIと直接関連づけることは難しいとコウルは話す。

次のステップとして、これらの企業は投資しているAIで自社の労働力をさらに置き換えていくことが予想される。しかし、現時点でそのようなことは起きていないようだ。AIが理由の解雇が産業全体の解雇に占める割合はわずかだ。23年5月から24年4月にかけて、AIが理由とされた解雇は5,000件以上あった。その具体的な理由は、企業がAI技術の開発に焦点を移した、あるいはAIツールで特定のタスクや役割を補うようになったことだと、転職支援サービス会社のChallenger, Gray, and Christmasはレポートで説明している。

テクノロジー業界では24年だけでも約10万人が解雇されたと、テック業界の人員解雇を追跡しているサイトLayoffs.fyiは報告している。それでも、特定の種類の求人は回復し始めている。AI関連の仕事やAIスキルを必要とする仕事は、5月のテクノロジー関連の求人の12%を占めた。これは過去6年間で最大の割合であると、米国IT業界の非営利団体CompTIAは指摘している。しかし、AIは独立して存在するものではないため、この技術が広まることでそれを支えるために必要な仕事も増える可能性が高いと、CompTIAのチーフリサーチオフィサーであるティム・ハーバートは語る。「AIはおそらく他の分野への投資を促進するでしょう」と彼は言う。

AIによる企業の人員削減は、AIが人の仕事を奪っていることが直接の原因ではないようだ。しかし、AIがAlphabetのような企業にとって事業を成長させる次なる機会であるならば、従業員がそれに関連する部門で働けるようにスキルアップや訓練の機会を十分に提供できていない点は問題であるとパルール・コウルは話す。「既存の労働力を損なわず、変化のなかでも社員を尊重し、敬意をもって接することができます」とコウルは言う。「多くの同僚や労働組合の組合員は、会社のミッションに突き動かされ、自分たちが取り組んでいる製品の有用性を信じて働いています。再訓練の機会やほかの部門への異動の機会が増えるなら、大いに歓迎されるでしょう」

(Originally published on wired.com, translated by Nozomi Okuma, edited by Mamiko Nakano)

※『WIRED』による仕事の関連記事はこちら人工知能(AI)の関連記事はこちら


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