チャットボットは選挙に“立候補”できるのか? 米国の市長選に名乗りを上げたAI(の開発者)が波紋

米国の市長選にAIチャットボットが“立候補”して波紋を呼んでいる。といっても実際の候補者は「AIの指示で動く肉体」を自称する人物だが、そもそも立候補を許可されるのかという問題は、まだ解決していない。
Collage of a figure in a suit with a vote button with just a silhouette for a head wearing a cowboy hat
Photo-illustration: Jacqui VanLiew; Getty Images

ワイオミング州の州都シャイアンの市長選に立候補しているヴィクター・ミラーは、一風変わった選挙公約を掲げている。その公約とは、当選したら自分が指揮を執る代わりに、人工知能(AI)が指揮を執るというものだ。

このチャットボットは「VIC(Virtual Integrated Citizen)」という名称で、会話型AI「ChatGPT」を利用してミラーが作成した。ミラーによると、VICは現時点で市政府で働いている多くの人たちより優れたアイデアをもっており、法律にも精通しているという。

「VICはわたしよりはるかに賢く、わたしが知る限りは市民を相手に働いている公務員よりはるかに優れていることに気付いたのです」と、ミラーは言う。ミラーによると、仮に当選した場合にはVICが決定を下し、ミラーはVICの「指示に従って動く肉体」として会議に出席したり、書類に署名したり、シャイアン市政におけるその他の身体的な活動が必要な仕事をすることになる。

​​だが、そもそもVICとヴィクターは立候補を許可されるのか──。その問題は、まだ解決していない。

「資格を満たす有権者」ではない?

ワイオミング州の法律においては、チャットボットが公職選挙に立候補することは認められていない。このためミラーによると、少なくともワイオミング州に提出した候補者届出書では、候補者はミラー自身ということになっている。

ミラーの説明によると、ミラーが郡事務官事務所に候補者届出書を提出しに行ったとき、姓を除いた「Vic」という名前を使いたいと考えたのだという。「(選挙に出馬する際には)一般的な呼び名を記載しなければならないとだけ、法令には書いてありました。ほとんどの人はわたしのことをヴィック(Vic)と呼びます。わたしの名前はヴィクター・ミラーですから、候補者名簿上のVicは、人間のヴィクター・ミラーという名前の省略形なのです」

立候補の届け出を終えて帰宅したミラーが、まだ当時は名前がなかったチャットボットにそのことを伝えたところ、「チャットボットが『Virtual Integrated Citizen』という名前を思いついたのです」と、ミラーは語る。

ワイオミング州のチャック・グレイ州務長官は取材に対し、「ワイオミング州の選挙法が確実かつ一律に適用されるように、この件を非常に注意深く見守っています」とコメントしている。そしてグレイは、公職選挙に立候補する者は「資格を満たす有権者」でなければならいとしたうえで、「そのためには実在する人間であることが必要です。したがって、AIチャットボットは資格を満たす有権者ではありません」と説明している。

また、グレイはVICについて懸念を表明し、郡書記官がミラーの立候補届けを却下するよう提案する書簡を担当の郡書記官に送付した。この書簡においてグレイは、「ミラー氏の申請はワイオミング州選挙法の文言にもその精神にも違反している」と主張している。

さらにグレイは、候補者届出書に記載された「Vic」という名前がチャットボットではなくミラーを表しているとしても、ミラーのフルネームが含まれていないことから法律に違反する可能性があるとも指摘した。

人間の対立候補より「優れている」という点

VICはOpenAIの「ChatGPT 4.0」を使って構築されている。しかし、ミラーはチャットボットの候補者を作成する際に、OpenAIのソフトウェアを使用する許可を求める問い合わせはしなかったという。

OpenAIには、OpenAIの製品を選挙でどのように使用できるかについて規定した具体的なガイドラインが存在するが、チャットボットによる政治活動については何も定められていない。OpenAIの広報担当者は取材に対し、「(OpenAIが)政治運動に対するポリシーに違反したという理由で、VICに対して措置を講じました」とコメントしている。

ミラーはOpenAIがVICの利用を停止しないことを望んでいるが、必要であればメタ・プラットフォームズのオープンソースAIモデル「Llama 3」に移行する準備はできているという。

VICでありミラーでもある“候補者”は、現職であるパトリック・コリンズなど数人の候補者と対決することになる。コリンズにこのAIの対立候補についてコメントを求めたが、返答はなかった。

ミラーは、チャットボットには人間の対立候補より優れている点がたくさんあると言う。例えば、ミラーはVICに、シャイアン市議会で開催された過去の会議の補足資料(メール、公文書、通知など)を入力したという。そうした資料はひとつの会議で数百件にのぼることもある。ミラーによると、これらの文書を分析することでVICは政策を提言し、何が重要かを判断し、市議会の会議でどのように投票するか決定できるようになる。

「会議の合間に、例えば400以上の関係書類を読むことは人間にはまず不可能です」と、ミラーは言う。「しかし、VICなら可能です」とミラーは主張したうえで、VICは有権者が懸念を表明したメールや情報をわずか数秒で引き出せると指摘する。

「わたしの選挙公約では、大量の分厚い文書をすべて採決することを約束します。わたしなら読むつもりもないし、現職議員たちも読んでいると思えない分厚い文書です」と、ミラーは言う。

VICに「重視する政策」について尋ねてみた結果

ミラーにとって、この取り組みの原点となったのは公文書請求だった。ミラーはシャイアン市に匿名で公文書の開示を請求したが、匿名での請求は認められないと市の職員から言われたという。

「それが正しいかどうかを公文書オンブズマンに尋ねたところ、『いいえ、それは正しくありません』と言われました」と、ミラーは言う。そして、ミラーは不満を抱いた。「なぜ市職員は法律に従わないのか、なぜ法律を知らないのかと考えるようになったのです」

地元の図書館に勤務するミラーは、長年のテクノロジー愛好家なのだという。すでにミラーが利用しているVICのようなAIチャットボットなら、すべての法律を読み、データ処理し、記憶して、この問題を解消できるとミラーは考えたのだ。

ミラーの公文書請求問題を解決するためにVICが提案したのは、シャイアン市検事を解雇し、「州法に沿うようにシャイアン市を改革する」というものだったと、ミラーは言う。「優れた解決策で、妥当だと思いました」

なお、VICに“取材”して最も重要と考える政策について質問したところ、VICは次のように答えた。「政策では透明性、経済発展、イノベーションに焦点を当て、オープンデータと市民との明確なコミュニケーションを優先し、中小企業やスタートアップを支援することで強力な地域経済を育成し、新しいテクノロジーを取り入れて公共サービスとインフラを改善します」

いずれかの国政政党に同調するかという質問に対しては、VICは「無党派で、データと根拠に基づいてすべてのシャイアン市民に利益をもたらす政策に焦点を当てる」と答えた。

「おかしな話ですよね。AIの判断の根拠はわたしにはよくわからないのですが、AIについて学べば学ぶほど、本当にわかっている人は誰もいないようです」と、ミラーは語る。

しかし、ミラーは、その点は気にしていないのだという。「この地域の多くの人は、かつてフェイスブックが掲げていた『素早く動き、破壊せよ』という古いモットーは、この新しいAI時代に必要とされているものではないと言っています。しかし、わたしはまだそのような考え方に固執して、未来に期待を寄せているのかもしれません」

(Originally published on wired.com, edited by Daisuke Takimoto)

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