橋や鉄塔、車など、身の回りのさまざまな物に使われているボルト。
「緩む」と、大きな事故につながる。

特殊な技術で開発された極めて緩みにくいボルトが、去年、「第9回ものづくり日本大賞 経済産業大臣賞」を受賞した。日本の産業・文化の発展を支える、ものづくりの第一線で活躍する人材に国から贈られる賞だ。

開発したのは、従業員65人の工作機メーカー、山梨県大月市のニッセー。

企業の思いや開発秘話を深掘りする企画『DIG Business』。15年にわたる開発の歴史を取材した。

激しい振動が加わっても「緩まない」

緩み防止のために広く使われている、「ダブルナット」という仕組みがある。2つのナット同士で強く押し合う力が生まれ、ボルトを2つのナットが逆方向に引っ張る状態になる。

上のナットはねじ山を押し上げ、反対に下のナットからは押し下げる力が働くため、互いに締め付け合い、緩みにくくなる

しかし、それも完璧ではない。ボルトに振動が加わり、2つのナットが同時に回転すると、どんどん緩んでしまう。

そこで開発されたのが、「PLB(パーフェクトロックボルト)」。
その動きは、まるでマジックを見ているかのようだ。

ボルトを緩む方向にクルクルと回転させると、内側のナットが外側のナットを追いかけるように急接近して、接触。

その直後、ナットは2つとも全く動かなくなり、ボルトも回転させることができなくなった。

工作機メーカー ニッセー 新仏利仲社長(開発時=2009年の取材当時)

開発当時の社長で、現在は会長の新仏利仲さんは、その秘密は2つのナットが回る「速度の違い」にあると話す。

新仏利仲さん
「振動が起きると(内側のナットは)緩む方向に進みたいんですけども、外側のナットがゆっくりのため、追いついてしまって止まるんです。一本のレールの上に速度が違う2つのナットがあると、どうしても追いつく。そのためどんどん押しあって固くなっちゃう。これがPLB(パーフェクトロックボルト)」

速度の違いは、1つのボルト軸に“大小2種類のねじ山”を作ることで実現している。

内側のナットは大きなねじ山、外側のナットは小さなねじ山とかみ合うように作られている。

ナットが緩む方向に回るとき、内側のナットは大きなねじ山に対応しているので、一回転で進む幅が広い。それに比べて外側のナットは一回転あたりの進む幅が狭いため、すぐに内側のナットに追いつかれる。

そうして2つのナットがぶつかり、ロックされる構造だ。

1本のボルトに2種類の軌道を作り、それぞれに対応する2種類のナットをつけられるようにした「二重ねじ」の原理。仕組み自体は以前から知られていたが、極めて精巧な加工と耐久性、更に、量産の方法となると不可能と思われていた。

それを可能にしたのはニッセーが培ってきた転造の加工技術だ。

「転造」で作られるPLB 

「転造」とは金属を削るのではなく、金属に力を加えて粘土のように成形する工法で、ニッセーには精密な金型を作る技術力があった。

技術があっても、展開には壁が…

PLBを開発したのは2009年。当初は5年後に15億円の売上を見込んでいた。
しかし、開発から3年が経った2012年の取材でも、新仏さんは「やはりコスト面が一番大きいでしょうか。生産的な展開が国内では中々難しい」と話していた。

技術があってもボルト全体の生産ラインを持っていないため、ナットの調達や表面処理などを外部に発注しなければならず、価格が通常のボルトのおよそ2倍になってしまったのだ。

国内の厳しい状況に、目を向けたのが…。

2012年の国際見本市 ラスベガス

アメリカ、北米市場。
2012年10月、ラスベガスでねじ関係では全米最大の国際見本市が開かれた。

アメリカで勝負に出たのだ。

ブースを出したのは、ニッセーのビジネスパートナー、PLBアメリカ。
北米市場での製造・販売を任せている。

アメリカでよりコストダウンを図ったPLBの事実上の北米デビューだ。
北米でヒットする見込みは?

ニッセー 新仏克利業務部長(2012年取材当時)
「もう信じるしかないですね。信じることで道を開いていく。新しい伝説を作りたい、という気持ちでやっています」

果たして、国際見本市に来た人たちの評価は?

ボルト卸業者
「とても気に入った。使ってみたい。振動に強いから自動車業界ではたくさん需要があるでしょう」

鉱山業界の部品卸業者
「振動に対する解決策がこれだと思います。どんな重機も振動を伴うもので、これが振動からくるボルトの緩みを防ぐので、すごい製品だと思います」

留め具業者
「本当にいいものだと思います。ボルトの点検係がいなくて済みます。経費の節減にもなります」

デビューはひとまず成功した。

しかし、その後、北米市場ではユーザー側から見た課題も見つかった。

極めて高い緩み止め効果を出すためとはいえ、PLBは2つのナットの装着作業がそれぞれ複雑で、「めんどうくさい」というのだ。
また、構造にも課題が浮上した。

ボルトに作られた小さい方のねじ山が、装着作業が手荒いと欠けるケースがある。また、表面処理でメッキをかけると微細な構造のねじ山が埋まってしまう。

北米市場ではPLBの知名度は徐々に上がっていったが、こうした課題が普及の足かせになっていた。

世界的にも「最高位」の性能へ

そこから改良を重ね、おととし、新しいバージョン「PLBv2」が完成した。

それはアメリカで出た課題を解決するものだった。

一般の電動工具でボルトの締め込みが可能に

1つのボルト軸に2つの軌道を作りながらも、それぞれのねじ山の高さをそろえることに成功した。それにより、電動工具で2つのナットを一気に締めることが可能になった。
さらに、小さいねじ山がないので強度も高まった。

研究を重ね、精密なねじ山の金型を作れる独自の加工技術に、さらに磨きをかけたのだ。

ルクセンブルグの試験機関が国際規格「ISO16130」に準拠した振動試験をしたところ、「PLBv2」の緩まない性能は「最高位」と評価された。

一般的にねじは振動を受けると緩むため、定期的なメンテナンスが必要になる。試験結果は、「PLBv2」がその経費を極力抑えられることを示している。

実際、風力発電やガラス再生工場など9カ所で試験運用が行われているが、経過は良好だという。

このうち鉱山で使っている金属製のべルトコンベアは、800℃の高温と激しい振動の環境下で使用されているが、「PLBv2」は2年間外れることはなかったという。しかも、2年間のタイミングはベルトコンベアのほかの部品の交換に合わせたもので、「外れた」のではなく「外した」ものだった。

そして、15年にわたる開発は2023年に大きな成果を挙げた。

「緩まない」性能と量産が可能な「転造」の金型の開発が高く評価され、2023年1月、開発にかかわったニッセーの職員や大学教授など6人が「ものづくり日本大賞 経済産業大臣賞」を受賞した。

さらに10月に「モノづくり日本会議 共同議長賞」も受賞。問い合わせが格段に増えた。

すでに特許や意匠も日本やアメリカ、中国、それにEUで取得し、国内外でのライセンス生産を目指している。

新仏利仲さん
「今年中に販売店を国内、アメリカ大陸、ヨーロッパ大陸に拠点は1ヶ所は必ず作りたいと思ってます」

現在、ボルトは車など様々な物に使われているが、緩みの点検が欠かせない。身近なところでは車のタイヤホイールのナットが外れるなどの事故が度々起きている。

新仏利仲さん
「絶えず、緩みをもとにして事故が起きていたわけですね。ボルトの構造を変更して、緩まないボルトが初めてできた。長年の夢です」