コンテンツにスキップ

アファーマティブ・アクション

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

アファーマティブ・アクション積極的格差是正措置肯定的措置英語: affirmative action)とは、民族人種性別などによる差別に苦しむ社会的弱者の不利な現状を、歴史的経緯や社会環境を鑑みた上で是正するための積極的な改善措置を表す。1960年代より主に欧米において行われてきたが、他の地域における施策も同様に呼称する。この語は1961年にジョン・F・ケネディ米大統領が大統領令において初めて使用した[1]

概要

[編集]

アメリカ合衆国および欧州で使用される積極的差別是正措置の英語表現である。英語ではaffirmative actionpositive discriminationpositive actionなどと呼ばれる。これらの用語は弱者集団の現状是正のための進学就職昇進における直接の優遇措置を指す。この場合の肯定(positive)とは改善の意味である。

1961年にジョン・F・ケネディ大統領の大統領令10925で最初に導入され[2]、「人種、信条、肌の色、または出身国を理由に従業員または雇用申請者を差別してはならない」こと、および「申請者が雇用され、従業員が雇用中に扱われることを保証するために積極的な行動をとる」ことを定めた[3]。さらに1965年にリンドン・ジョンソンが大統領令11246でこれを更新し、「人種、肌の色、宗教、性別、出身国に関係なく、応募者が雇用され、従業員が雇用中に扱われることを保証するために肯定的な行動を取る」ことを要請した[4]

アファーマティブ・アクションは、「差別撤廃」や「積極的差別是正」の方策として受け入れられてきた[注 1]。構造的に内在する差別を解消するために、機会不平等の是正策として、特定の民族あるいは階級に対して優遇措置を制度上で採用し、例えば貧困層の階級出身の学生に対する生活援助や奨学金などの制度が各国で広く採用されている。このような制度を積極的に採用するアメリカ合衆国インドマレーシア南アフリカ共和国などの国々においては、政府機関の就職採用や公立教育機関(特に大学)への入学において、被差別人種とされる黒人ヒスパニック系の人種[注 2]、あるいは被差別の階層のために採用基準を下げたり、全採用人員のなかで最低の人数枠を制度上固定するなどの措置がとられている。ただし、同じマイノリティの中でもアジア人に対する扱いは例外であり、学業成績が優秀であったとしても評価基準の曖昧な「人物評価」において低い点数をつけられ、結果的に不合格になるケースが多く、優遇処置が取られているどころか実際はむしろ事実上の人種差別を受けているのではないかという疑念が呈されている[5][6]

日本

[編集]

日本語では、affirmative actionは一般に「積極的格差是正措置」と訳される。「ポジティブ・アクション (positive action)」ともいう[7][8]。「ポジティブ・ディスクリミネーション (positive discrimination、肯定的差別)」のように「差別」を用いた単語の使用は避けられる傾向にある。なお、アファーマティブ・アクションは優遇措置でなく差別環境の是正措置であり、例えば2002年(平成14年)4月19日の厚生労働省の発表では、日本における女性に対しての積極的改善措置に関して「単に女性だからという理由だけで女性を「優遇」するためのものではなく、これまでの慣行や固定的な性別の役割分担意識などが原因で、女性は男性よりも能力を発揮しにくい環境に置かれている場合に、こうした状況を「是正」するための取組なのです」といった注釈もなされている[9]

同和地区

[編集]

国や自治体は部落問題を解消するため、いわゆる「同和行政」として、同和地区の住民に対して各種の優遇措置を設けてきた。これも積極的格差是正措置の一種といえる[10]。具体的には、部落差別における同和対策事業特別措置法[注 3]などがこれに類すると考えられる。

性別

[編集]
女性

女子学生を大学入試において差別する傾向が依然として残っており、例えば2018年には医学部入試での差別が発覚している。そうした背景を踏まえ、男女共同参画社会基本法の規定による男女共同参画基本計画により、「社会のあらゆる分野において,2020年までに,指導的地位に女性が占める割合が少なくとも30%程度になるよう期待する」といった目標を定めており[11]、それに関連した取り組みが各分野で積極的に実行されている。具体例としては大学入試において女性優遇入試(女子特別枠)や雇用において女性優遇採用がなされている。

男性

千葉市は「男性保育士活躍推進プラン」を策定し、具体的数値を掲げて男性保育士の支援を表明しており、賛否の声が挙がっている[12]

このような性による優遇措置については、日本のみならず世界各国で反対の声が存在する。日本では「男女の平等は、社会の意識や慣習が変化し、女性が能力を十分に発揮できるようになれば自然に達成される」、アメリカでは「自由な競争を妨げ、社会や企業の活力を損なう恐れがある」などとして反対の声が出ている[13]

障害者

[編集]

障害者については、「障害者雇用枠」が一般募集枠と別に存在し、障害者の雇用の促進等に関する法律に基づく義務雇用率が定められている[注 4]

その他

[編集]

香川県善通寺市四国学院大学では、入試に同和地区出身者や沖縄県出身者、在日韓国・朝鮮人、アイヌ、奄美群島出身者、障碍者の特別推薦枠を設けている[14]。この制度について、沖縄キリスト教短期大学元学長の平良修は「歴史をきちんと見つめ、まじめな姿勢で取り組んでいると思う。」と高評価している[15]。また早稲田大学大学院教育学研究科教授である前田耕司は、オーストラリアにおける先住民族アボリジニに対する教育支援システムの充実との比較からも、四国学院大学の例や札幌大学のアイヌに対する給付金制度といった学校法人個別の支援だけでなく、国家レベルの高等教育支援の必要性を主張している[16]。一方で畑中敏之や奥山峰夫は批判的であり、沖縄人権協会事務局長で弁護士の永吉盛元は四国学院大学の被差別少数者枠について「あきれる。沖縄県民や朝鮮人も含め、誰もが教育を等しく受ける権利は、憲法で保障されている。大学側には『救済』の意図があるかもしれないが、その考えこそ差別的だ」と批判している[15]

アメリカ

[編集]

アメリカ合衆国では、アフリカ系アメリカ人(黒人)やラテン系の平均の学力が低いために進学率が低いことを是正するために、大学において一定枠の確保(理想としては黒人の全人口に対する割合と同一の合格確保)が行われている。差別が論拠とされるが、非白人(non-White Americans)で被差別民族であるはずのアジア系(東洋系およびインド系)の人種は、成績が全体として高いためにこの優遇措置を受けることができない。またアメリカの大学の入試においては課外活動での活躍が評価され、この分野では総じて白人が有利とされる。よって、成績が平均的に優秀であるアジア系が大学入学においての不利とされる。[要出典]

課外活動がアメリカの大学の入学審査で考慮されることになった元々の理由は1920年代に遡り、それは学力でWASPの白人より優秀であったユダヤ人ユダヤ系アメリカ人)の入学数を有名大学で制限するためであった。この場合は、実際の課外活動の内容に関係なく人為的にユダヤ人の点数を下げていた。現在ではこのような人為的な人種別の点数操作はなくなったが、結果として学問に熱心なアジア系の学生に対するハンディとなっている。また最高学府であるはずの大学の入学審査に課外活動が審査基準の一部であることの正当性も問われている[要出典]。このことからダニエル・ゴールデン英語版らはアジア系アメリカ人は「新しいユダヤ人」と呼ぶべき状態にあると主張している[17]。このため、「教育のためのアジア系アメリカ人連合」(AACE)のような優遇措置廃止を訴えるアジア系アメリカ人(特にアジア系学生の大多数を占める中国系の主導)の団体は同様の目的を持つユダヤ系アメリカ人エドワード・ブルム英語版ら白人保守派のNPOである公平な入学選考を求める学生たち英語版と協力している[18]

アメリカの大学入試競争においては、ゴールラインが人種枠ごとに別々に引かれており、東洋系は他人種以上に成績をあげることが必要となる。このため、アジア系の人種は個々人の事情に関わらず、この不公正な入試で成果を収める為には人一倍の労力が制度上必要となるという、逆に差別的な実態が生じている。特にフィリピンベトナム系のアメリカ人は社会的にも不利な境遇の出身者であることが多く、白人の貧困層出身者と同じで彼らの立場改善に大きな妨げになっていると指摘されている[要出典]

プリンストン大学の社会学者トマス・J・エスペンシェイドとチャン・Y・チュンが2005年に発表した研究によると、アイビー・リーグ校の入学選考においては、学力以外での基準によってSAT (大学進学適性試験)が様々に修正され、その幅は、1600ポイント中、優遇措置対象ごとに以下のように修正されるという(ただし調査期間は1980年から1993年の間と1997年に限られる)[19]

成績外の要素 修正ポイント
黒人(アフリカ系アメリカ人) African American +230
ヒスパニック系 Hispanic +185
アジア系 Asians / Asian-American –50
スポーツ特待生 Athletes +200
レガシー (元卒業生の子弟および大学への大口献金者) Legacy +160

さらに、2009年にプリンストン大学の社会学者がアメリカのアイビー・リーグの大学に入学に必要となる点数を人種別に割り出した所、満点1600点でアジア系は1550点(96.9%)、白人は1410点(88.1%)、黒人は1100点(68.8%)。確率にするとアジア系より白人は三倍、ラテン系は6倍、黒人は15倍の倍率で入学が認められるとの結果が出された[20][リンク切れ]

カリフォルニア州では、1996年に州機関による性別、人種、民族に基づいた考慮を禁止する憲法改正案Proposition 209英語版[21]、住民投票で承認され[注 5]、また州立大学の入学審査において積極的差別是正措置の適用を禁じる法律が住民投票により採択された。結果として、これらの州立大学(私立は関係なし)で白人の新入生の数は大して変わらなかったが、黒人の入学率が下がり、アジア系の入学率が上がった。しかし、入学後に落ちこぼれたり、退学する黒人やラテン系の学生の割合が減ったため、実際に卒業する黒人やラテン系の学生の数は変わらないという結果になった。

また、雇用の面では1964年成立の公民権法に基づき雇用機会均等委員会が設けられ、連邦機関や地方自治体に黒人、少数民族及び女性を、採用の際に一定数割り当てるよう指導した。さらに、連邦労働省連邦契約遵守局が出したガイドラインにより、連邦と一定額以上の事業契約を行う民間企業などは、少数民族に平等な雇用を提供するよう、採用に人種による割り当ての具体的な数値目標を示すことが必要とされた。また、解雇の際も黒人や少数民族を優先保護し、従来の労働慣行を無視して白人を先に解雇することが認められた。

職場における昇進に関してもアファーマティブアクションが用いられており、アラバマ州警察では一時期、最高裁判決に基づき、白人警察官が一人昇進するたびに、自動的に黒人警察官も昇進させる制度が採られた。

カリフォルニアの司法試験では受験生の出身校および人種を記録していたため、それは難関法科大学院に優遇措置で入学させてもらえた少数民族が法科大学院の目的である司法試験にどれだけの割合で合格しているのかという情報を明確に統計的に検証できる重要な情報源となっている。優遇措置に反対する学者が情報公開を求めたところ、個人情報の保護を理由にその公開が拒否されている。しかし、別の学者にはその情報を公開しており、その対応が問題になった。現在裁判で争われている。もし情報が公開された上で優遇措置のおかげで難関の法科大学院に入学させてもらったものが司法試験で最終的に挫折という結果が出れば、優遇措置無用論に有利であると考えられている。

また、アメリカでは「少数民族(一般的に教育の高い印象を持たれているアジア人を除く)の医者はアファーマティブ・アクションのおかげで医学大学院に入れたためヤブ医者の可能性が高い」と見られている事例もあり、逆に偏見・差別となっている例もある[23]

2006年、ミシガン州住民投票の結果、公立大学入学審査でのマイノリティ優遇措置を廃止すると決めた。この件はシュッテ対アファーマティブ・アクション防護連合事件として裁判で争われ、2014年4月22日、合衆国最高裁判所は合憲であると判断した。なお、これはアファーマティブアクションを禁止することを認めるものであり、アファーマティブアクション自体についての判断ではない[24]

2018年7月、ドナルド・トランプ政権のジェフ・セッションズ司法長官はバラク・オバマ政権時代のアファーマティブ・アクションの指針を廃止した。先述のエドワード・ブルムらによるハーバード大学への提訴を受けての動きとされる[25]

判例

[編集]
アメリカにおけるアファーマティブ・アクションで有名な判決はバッケ判決、ウィーバー判決、パラダイス判決などで、それぞれ教育、職業訓練、昇進に関する判決である。最も直近のアファーマティブ・アクション審理はミシガン大学の入学試験における2003年の人種割り当てに関する連邦最高裁判決であり、テキサス州知事時代の1996年にホップウッド判決英語版を受けて「上位10%法英語版」を制定していた保守派のジョージ・W・ブッシュ大統領はこれを違憲とみなした[26]。2003年のGrutter v. Bollinger判決において連邦最高裁は基本的に人員割り当ては違憲であると決定したが、「優遇措置(成績の引き上げ)は違憲ではない」と判断した。当時のウィリアム・レンキストをはじめとするすべての最高裁判事がアファーマティブ・アクションを逆差別でアメリカ憲法修正14条の違反であると認めたが、違憲の審議において優遇措置の「公共の利益」に対する判断で判事の判断が分かれ、結果として5対4の僅差で合憲とみなされた。

アラン・バッキの事件

[編集]
カリフォルニア大学の医学部を1973年1974年と連続して受験したが合格できなかったのは、大学の割り当て制度のために逆差別を受けたからだ、という白人男性アラン・バッキ(Allan Bakke)の申し立てに対し、最高裁判所、大学の行った割り当て制度をくつがえし、アラン・バッキの大学への入学を認める判決を下した。この判決を契機として、それまで活発に行なわれていた差別是正制度は、黒人が優遇されている分だけ白人が逆差別を受けているとの批判が高まり、衰退の傾向が見られる。たとえば、カルフォルニア州では、1996年の住民投票によって「公共事業における少数民族および女性の優先的な採用」という差別是正制度が撤廃された。ネオコンニューライトと呼ばれる人たちは、恵まれない少数派の人々は、差別是正よりも、経済の拡大によって救済されるべきだと考えているが、これも差別是正措置の衰退に影響しているとされる[27]

「公平な入学選考を求める学生たち」(SFFA)

[編集]
2014年にNPO「公平な入学選考を求める学生たち」(SFFA)は、ハーバード大学およびノースカロライナ大学チャペルヒル校を、入学選考で不必要に人種を考慮しているとして提訴し、2023年6月29日、アメリカ連邦最高裁は公平な入学選考を求める学生たち対ハーバード事件で、両大学が採用する人種を考慮した入学選考について、法の下の平等を定めた憲法修正第14条に「違反している」と判断した[28]。最高裁の9人の判事のうち保守派6人が違憲を支持したもので、ロバーツ最高裁長官は「学生は人種ではなく、経験に基づく個人として扱われなければならない」との見解を示した[28]

批判

[編集]

アメリカでこの政策の批判として、黒人の経済学者であるトーマス・ソウェルの『Affirmative Action Around the World: An Empirical Study』(ISBN 978-0300107753)がある。アメリカだけでなくマレーシア、スリランカナイジェリアインドの政策を分析した結果、彼は下記のように結論付けた[注 6]

  • 優遇対象でないグループによる優遇対象獲得の政治活動を誘発する[注 7]
  • 優遇対象グループのうちでもっとも恵まれているもの(例:黒人の中・上流階級)が非優遇対象グループのうちで最も恵まれていないもの(例:白人の貧民層の勤勉な学生)を犠牲とする形で制度の恩恵をこうむる傾向にある。
  • 優遇対象側は努力する必要が無くなり非優遇対象側は努力しても仕方がないとなり両方の向上心が削がれる。よって社会全体で競争が阻害される。
  • 制度によって優遇対象群と非優遇対象群の対立が深まる。アメリカの例をあげれば白人の貧民層の黒人に対する憎悪を増幅させるだけでなく、優遇措置と無関係の黒人の貧民層と黒人の中・上流階層の対立を深める傾向にある。

黒人で共和党員というのは、きわめて少数派だが、共和党の保守派、コンドリーザ・ライス(元米国務長官)は、自分の経験からアファーマティブ・アクションには「効果がない」と反対している。同様に保守派の最高裁判事クラレンス・トーマスは、就職活動において、アファーマティブ・アクションによる優遇を受けてきたとみなされることで、逆に学位や成績等について懐疑的な目で見られた経験を持ち、後に裁判官としてもアファーマティブ・アクションに否定的な見解を表明するようになった[29]物理学者大槻義彦も、九州大学理学部での話を例として、アファーマティブ・アクションを実施しても優遇策で恵まれているが故に評価が厳しくなったりし、実社会での活躍の場が広がる訳でもないから却って差別になってしまうと批判している[30]

日米以外の事例

[編集]

EU

[編集]

2012年11月、欧州委員会は、欧州の大手上場企業の非業務執行取締役における性別の比率が2020年までに(公営の上場企業については2018年まで)、男女どちらも最低40%になることを目標とする女性役員クオータ制指令案を、EU理事会と欧州議会の2つの共同立法機関に提出した。この指令の目的は、明確で男女の区別のない基準に照らし、客観的かつ透明性のある選考手続きを行い、40%の目標を達成させることにある。あくまで資質や能力が選考のカギとなるが、最終的に男女2人の候補に絞られた場合には、比率の少ない方の性(一般的には女性)が優先される。2013年11月、欧州議会は賛成多数(賛成459名、反対148名、棄権81名)で欧州委員会の提案を、部分的な修正のみで可決した。女性役員クオータ制指令の審議はEU理事会に移り、最終的な議論が進められた[31]。その後、パブリックコメントを経て、2015年、EU理事会から修正案が示された。それによると、性別クオータ制の対象を「業務執行役員」にまで拡大し、数値目標は「非業務執行役員の40%、または役員全体の33%」とされ、事実上ハードルが下げられた。指令案のタイトルも「上場会社の役員におけるジェンダー・バランスと関連措置の促進に関する指令案」に改められ、これらは2017年の再修正案3に踏襲された。なお、2018年9月末現在、この再修正案が最新の内容を伝えるもので、指令自体はまだ成立していない[32]

イギリス

[編集]

Equality Act 2010 は、イギリスにおける平等とその実施についての原則を定めている。イギリスでは、性別、人種、民族、その他の保護すべき属性を理由とする全ての差別、割り当て、優遇措置が、教育、経済取引、民間のクラブや団体、及び公的サービスにおいて原則として禁止されている、しかし、例外も存在する。すなわち、Equality Act 2010 159条は、雇用者が、雇用又は昇進の際に、保護対象の属性(人種、性別、年齢等)を持つ職の応募者や従業員を、その職種について同様に適性を持つが保護対象の属性を持たない者より優遇することを容認する。雇用者は、その職種において保護対象の属性が不利であるかその割合が過小であると考えることが合理的であることが求められる。採用するポジティブアクションは、保護対象の属性を持つ人がその職種での不利な状況を克服し、参入することを、可能又は促進することに応じた手段でなければならない。

特定の例外措置には以下のものも含まれる。

・北アイルランド和平プロセスの一環として、ベルファスト合意とそれに基づくパッテン報告により、北アイルランド警察の採用は、プロテスタント寄りのあらゆるバイアスを減らすために、50%をカトリックコミュニティから採用し、50%をプロテスタントとその他のコミュニティから採用することになっている。これは後に、50:50措置と称された[33]

・ Sex Discrimination (Election Candidates) Act 2002は、より多くの女性立候補者を選ぶために全て女性の候補者名簿作成を容認する[34]

2019年の労働裁判所は、労働力の多様性を作り出そうとしたCheshire 警察は、よく準備した白人異性愛者の男性を差別したとする判決を下した。判決では、ポジティブアクションは、多様性を促進するために用いることができるとする一方で、その適用は、その職種に関して全てにおいて等しく適性を持つ者の間にのみ適用することができると判示した[35]

フランス

[編集]

人種、宗教又は性別による一切の差別は、1958年フランス憲法により禁止されている[36]。1980年代から、地区を基準としたフランス版アファーマティブアクションが、初等教育及び中等教育で実施されている。優先教育地区として指定された地区にあるいくつかの学校には、他の学校よりも多くの資金を投入することが認められている。これらの学校出身者は、特定の教育機関(Sciences Po等)での特別な対応を得られる特典がある[37]

1990年にフランスの国防相が、北アフリカ系の若年フランス兵の昇進や運転免許取得を容易にしようと試みたことがあった。防衛省新聞(Armées d'aujourd'hui)内の若手フランス人中尉の強い抗議により、運転免許及び昇進についての計画は中止となった。サルコジ大統領の当選後に、アラブ系フランス人学生の優遇策が新たに計画されたが、サルコジはフランス憲法改正に必要な政治的支持を集めることができなかった。しかし、貧困地区から一定数の生徒を受け入れることを義務付けるアファーマティブアクションを導入しているフランスの学校もある[38]

更に、ノルウェーの例にならって、2014年1月27日以降、上場企業及び国有企業は役員の20%を女性とすることが義務付けられた。2017年1月27日以降、役員への昇進は40%まで増加した。割り当て基準に満たない間は、男性取締役の指名の全てが無効であり、他の取締役に罰金が課されることもある[39]

マレーシア

[編集]

マレーシアではマレー人華人に対して経済的に低水準であることを解消するため、マハティール・ビン・モハマド政権の下、大学進学や公務員採用でのマレー人優遇、会社役員・管理職へのマレー人登用義務づけなどの措置(ブミプトラ政策)が行われてきた。結果として経済的格差は縮小したが、消滅することはなかった。大学生の知的水準の低下をもたらしたとの批判もある。マハティール元首相は辞任に際して「何を行ってもマレー人を変えることはできなかった」と述べた。

議論

[編集]

肯定派

[編集]

肯定派は、アファーマティブ・アクションは実効的な意味での機会を平等にすると考える。例えば、ある特定の民族に属する人々に対して政治、経済上の差別が制度的、歴史的に存在し、その特定民族が階級的に下層に位置するためその民族からの学生の平均の学力が低く、高等教育進学率が著しく低かったとする。差別措置肯定派はこれにより学歴が低いために専門的な職に就くことは難しくなり、世帯の収入の差を生み、子女の基礎的な教育機会の差にも繋がり、次世代における進学率の差を再生産されていると主張する。アファーマティブ・アクションとは、このような自己保存的な問題を解消し、差別されてきた人々の社会的地位の向上を図るために、入学基準や雇用の採用基準で積極的な優遇措置をとることをいう。上の例では、その民族の生徒を高等教育に受け入れるため、成績に関わらず特別枠を設けたり、入学試験において点数のかさ上げを行ったりすることで彼らの進学率を向上させる。これにより長期的には差別構造そのものが消滅し、最終的にこの措置を必要としないまでに改善すると期待できると肯定派は主張する。

否定派

[編集]

否定派は、アファーマティブ・アクションは逆差別であると考える。例えば、弱者のための優遇を行うとき、入学・就職枠が無限にあるわけでないので、この優遇措置が大規模に行われればこの優遇措置を受けられないものに対する逆差別となると主張する。アファーマティブ・アクションにおいては、進学率あるいは就職率などにおいて、まず結果における数の平等を求めているので、場合によっては競争の不公平という弊害が無視できないほどに大きくなる危険性があると主張する。また、生活補助などの政策と違い、「積極的」差別是正措置は機会の平等を逆転させるものであり、平等の理念に背くと否定派は主張する。

脚注

[編集]

注釈

[編集]
  1. ^ ただし、その実際的運用や効果測定の場面においては賛否両論がある。
  2. ^ ただし、ヒスパニック系でも白人は対象から除外されている。
  3. ^ 1969年7月10日施行1978年11月13日法律第102号で改正、1982年3月31日発効。1982年3月31日から1986年3月31日まで有効の法律第16号地域改善対策特別措置法地域改善対策特定事業に係る国の財政上の特別措置に関する法律1987年3月31日法律第22号に引き継がれた。
  4. ^ 50人以上雇用している社・団体について1.8または2パーセント。
  5. ^ 2020年大統領選にともない行われた住民投票で、この改正を撤回する改正案Proposition 16英語版が提案されたが、否決された[22]
  6. ^ 特にアメリカにおいての記述では、「積極的是正措置が黒人を貧困からすくい上げたといえるのだろうか。積極的是正措置の導入以前に黒人の貧困は半減されたのに導入以後はほとんど変わっていない」「積極的是正措置がないと黒人は大学や短大に入学できないといえるのだろうか。積極的是正措置がカリフォルニアで廃止された後、カリフォルニア大学の黒人の生徒の数は増加した」「積極的是正措置が無ければ競争率の低い学校に入学し、優良な成績で卒業できたのにマイノリティの生徒は人種優遇制度のために学力に不相応な学校に送られ、他の同学校の生徒と比べて落ちこぼれる、あるいは落第する憂き目に遭う可能性が高い」「一流の大学が二流の大学向けの学力しかない黒人の学生を吸い上げればそのぶん二流の大学は三流の大学向けの学力しかない黒人の学生を入学させなければならない。このプロセスは最高学府から最低学府まで続き、すべての学府のレベルで黒人の生徒の学力と学府教育レベルの不適応が起こる」等とした。
  7. ^ 例:インドの下の中のカーストが下の下のカーストと同じ優遇措置を勝ち取ろうとする。これが与えられた場合次の一ランク上のカーストが同じ特権を要求する

出典

[編集]
  1. ^ Wayback Machine”. web.archive.org (2020年10月27日). 2022年8月28日閲覧。
  2. ^ Wayback Machine”. web.archive.org (2016年3月4日). 2022年8月28日閲覧。
  3. ^ Executive Order 10925—Establishing the President's Committee on Equal Employment Opportunity | The American Presidency Project”. www.presidency.ucsb.edu. 2022年8月28日閲覧。
  4. ^ Compliance Assistance By Law - The Executive Order 11246”. web.archive.org (2011年9月4日). 2022年8月28日閲覧。
  5. ^ Harvard Rated Asian-American Applicants Lower on Personality Traits, Suit Says - The New York Times
  6. ^ Asians are divided about affirmative action. Why? (opinion) - CNN
  7. ^ 厚生労働省「ポジティブ・アクション(女性社員の活躍推進)に取り組まれる企業の方へ」
  8. ^ 厚生労働省委託事業 女性の活躍を推進します「ポジティブ・アクション」
  9. ^ 厚生労働省 女性の活躍推進協議会 ポジティブ・アクションのための提言平成14年4月19日
  10. ^ 正義を問い直す(学術俯瞰講義)第8回障碍と差別、積極的差別是正措置』、浦山聖子、東京大学公開講座動画の40分頃から質疑応答の中で、日本の積極的差別是正措置の一例として例示
  11. ^ 男女共同参画局「政策・方針決定過程への女性の参画の拡大(「2020年30%」の目標について)」
  12. ^ “男性保育士の女児担当外しは性差別? 熊谷俊人・千葉市長の発言で議論”. ハフィントン・ポスト. (2017年1月23日). https://www.huffingtonpost.jp/2017/01/23/childcare_n_14325636.html 2017年1月24日閲覧。 
  13. ^ ポジティブ・アクション(積極的差別是正措置)に対する意識 内閣府男女共同参画局
  14. ^ 四国学院大「被差別少数者」推薦枠で論議
  15. ^ a b 四国学院大「被差別少数者」推薦枠で論議”. クリスチャントゥデイ (2005年5月11日). 2017年9月6日閲覧。
  16. ^ 埋もれる日本の先住民族、アイヌ~アボリジニとの比較に見る高等教育の温度差~”. オピニオン. 読売新聞 (2005年5月11日). 2017年9月6日閲覧。
  17. ^ Golden, Daniel, (2007). The price of admission : how America's ruling class buys its way into elite colleges--and who gets left outside the gates
  18. ^ “ハーバード大で入学差別か アジア系訴え、黒人にも波紋”. 朝日新聞. https://www.asahi.com/articles/ASM1C34JXM1CUHBI00C.html 
  19. ^ Espenshade, Thomas J.; Chung, Chang Y. (2005). “The Opportunity Cost of Admission Preferences at Elite Universities”. Social Science Quarterly 86 (2): 293–305. ISSN 0038-4941. https://www.jstor.org/stable/42956064. 
  20. ^ “Competitive disadvantage”. The Boston Globe. http://www.boston.com/news/education/higher/articles/2011/04/17/high_achieving_asian_americans_are_being_shut_out_of_top_schools/ 
  21. ^ Prohibition Against Discrimination or Preferential Treatment by State and Other Public Entities. Initiative Constitutional Amendment. Official Title and Summary prepared by the Attorney General”. California Secretary of State. November 6, 2020閲覧。
  22. ^ California Proposition 16, Repeal Proposition 209 Affirmative Action Amendment (2020)”. en:Ballotpedia. November 6, 2020閲覧。
  23. ^ 小林至「アメリカ人はバカなのか」(幻冬舎文庫)165頁
  24. ^ JESS BRAVIN (2014年4月23日). “米最高裁、ミシガン州のマイノリティ優遇策廃止に合憲判断”. ウォール・ストリート・ジャーナル. http://jp.wsj.com/article/SB10001424052702303595604579518402025713732.html 2014年5月3日閲覧。 
  25. ^ “トランプ米政権、大学入学時の少数派優遇を廃止へ”. BBC. (2018年7月4日). https://www.bbc.com/japanese/44707553 2019年2月5日閲覧。 
  26. ^ Bush criticizes university 'quota system'”. CNN (2003年1月6日). 2019年2月5日閲覧。
  27. ^ 中澤幸夫『話題別英単語 リンガメタリカ』Z会 2006年 ISBN 978-4860663445 321頁 アラン・バッキの事件
  28. ^ a b 時事ドットコムニュース「大学入試の人種優遇「違憲」 多様性確保に転換点―米連邦最高裁」2023年6月30日06時44分配信
  29. ^ Townhall.com::Talk Radio Online::Radio Show”. web.archive.org (2008年1月22日). 2024年2月11日閲覧。
  30. ^ 大槻義彦「女性枠は男性差別か?」(『パリティ』2011年11月号掲載)
  31. ^ “ジェンダーバランスの実現にかけるEU”. (26 August 2014). http://eumag.jp/feature/b0814/2/ 
  32. ^ “欧州における女性会社役員のクオータ制導入の動き-上田 廣美”. (1 December 2018). http://yuken-jp.com/report/2018/12/01/eu-3/ 
  33. ^ “Police recruitment 'will be 50:50'”. BBC News. (12 September 2001). http://news.bbc.co.uk/1/hi/northern_ireland/1540861.stm 
  34. ^ Richard Kelly and Isobel White (29 April 2009). All-women shortlists. House of Commons Library. SN/PC/05057. http://www.parliament.uk/documents/commons/lib/research/briefings/snpc-05057.pdf 23 June 2009閲覧。 
  35. ^ “Force discriminated against white male”. BBC News. (22 February 2019). http://www.bbc.co.uk/news/uk-england-merseyside-47335859 
  36. ^ Jonathan D. Mott, PhD (7 February 1992). “The French Constitution of 1958 and its Amendments”. Thisnation.com. 28 April 2014閲覧。
  37. ^ Ghorbal, Karim (2015). “Esencia colonial de una política contemporánea: Por un enfoque fanoniano de la discriminación positiva en Francia”. Culture & History Digital Journal 4 (2): e016. doi:10.3989/chdj.2015.016. 
  38. ^ Eeckhout, Laetitia Van (17 December 2008). “Le Plan Sarkozy”. Le Monde. http://www.lemonde.fr/politique/article/2008/12/17/le-plan-sarkozy-pour-favoriser-l-egalite-reelle-des-chances_1132074_823448.html#ens_id=1128487° 11 April 2012閲覧。 
  39. ^ Vie Publique”. Vie-publique.fr (25 June 2002). 11 April 2012閲覧。

関連項目

[編集]

外部リンク

[編集]