ハンス=ペーター・フォン・キルヒバッハ
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ハンス=ペーター・フォン・キルヒバッハ Hans-Peter von Kirchbach | |
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生誕 |
1941年8月3日(83歳) ドイツ国 テューリンゲン大管区ヴァイマル |
所属組織 | ドイツ連邦陸軍 |
軍歴 | 1960年 - 2000年 |
最終階級 | 大将 |
ハンス=ペーター・フォン・キルヒバッハ(独: Hans-Peter von Kirchbach、1941年8月3日 – )は、ドイツの軍人。1999年から2000年まで、連邦軍総監を務めた。
経歴
[編集]ヴァイマルに軍人の子として生まれる。フォン・キルヒバッハ家は17世紀から将校、官僚、牧師などを輩出している家系である。1960年にドイツ連邦軍に入営し、士官養成教育を受ける。二度の国防省勤務の時期(1983–1985年、1992–1994年)を除けば、そのキャリアのほとんどを部隊勤務で過ごし、1991年1月から1992年3月まで第41装甲擲弾兵旅団長、1994年10月から1998年まで第14装甲擲弾兵師団長、1998年4月から1999年3月まで第IV軍団長などを歴任した。1997年、オーデル川洪水の際に災害救助のため出動した3万人規模のドイツ連邦軍を指揮し、「オーデル川の英雄」として広く名を知られるようになった。
1998年、当時の首相ヘルムート・コールの推薦により次期連邦軍総監となることが決まったが、1999年4月に実際に着任した時には政権交替が起きてコールは既に退陣していた。在任わずか一年で2000年6月にルドルフ・シャーピング国防相に総監辞任と退役を申し出て了承された。この異様な事態に、メディアはキルヒバッハとシャーピングの間で対立があったものと疑った。
1988年から1991年まで、キルヒバッハはキリスト教ボーイスカウト団総裁を務めた。退役後の2002年からはヨハネ騎士団事故救助協会総裁を務めている。またドイツ連邦軍軍事史博物館後援会総裁も務める。従姉妹のフリーデリケ・フォン・キルヒバッハは2000年から2005年までドイツ・プロテスタント教会会議事務局長を務めていた。
外部リンク
[編集]- ドイツ国防省写真と経歴紹介(ドイツ語)
軍職 | ||
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先代 ハルトムート・バッガー |
連邦軍総監 1999年4月1日-2000年6月30日 |
次代 ハラルド・クヤート |