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オリヴァー・リード

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
オリヴァー・リード
Oliver Reed
Oliver Reed
1968年
本名 Robert Oliver Reed
生年月日 (1938-02-13) 1938年2月13日
没年月日 (1999-05-02) 1999年5月2日(61歳没)
出生地 イングランドの旗 イングランドウィンブルドン
死没地 マルタの旗 マルタバレッタ
職業 俳優
配偶者 ケイト・バーン(1959年 - 1969年)
ジョセフィーヌ・バージ(1985年)
著名な家族 キャロル・リード(伯父)
主な作品
オリバー!
恋する女たち
グラディエーター
三銃士
四銃士
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オリヴァー・リード(Robert Oliver Reed, 1938年2月13日 - 1999年5月2日)は、イギリス俳優

大酒飲みで知られ、酔ってトラブルを起こすことも多く、それがなければ相当の役者になっていたかもしれないとイギリスの大手紙ガーディアンはリードの死に際してコメントしている[1]

彼は日本のテレビ・アニメ『パタリロ!』の主人公であるパタリロ・ド・マリネール8世のビジュアル的なモデルとも言われている[要出典]

略歴

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イギリス・ロンドン南西部のウィンブルドンで生まれる。父方の伯父に映画監督のキャロル・リード、父方の祖父に演劇マネージャーのハーバート・ビアボーム・トゥリー英語版という、2人のサーの称号を持つ人物を持つ[2]。父ピーターと母マーシャが離婚した少年時代は手に負えない暴れん坊で、4歳で入学させられた寄宿学校を含めて最終的に14の学校を転々とすることになる[1]。セイント・ジョージ・カレッジ時代はクロスカントリーの代表選手[要出典]、プロボクサーなどをしていた。卒業後はストリップクラブの用心棒や、軍隊に入りマレーシア駐屯も経験している。

1958年、伯父キャロルのすすめで俳優に転進する。野性的で無愛想な風貌と雰囲気が買われて、怪奇ホラー映画で有名なハマー・フィルムの低予算作品に次々と起用される。1961年主演の『吸血狼男』が好評で、一躍注目を浴びる。

以後、ホラー映画のカルトスターとしてキャリアを全うするかと思われたが、激動の1960年代の荒波が英国演劇界の異端児である彼を一躍メインストリームに押し上げる。マイケル・ウィナー監督と組んだ1968年の戦争映画『脱走山脈』がヒットし、奇才ケン・ラッセル監督にも起用され、1969年『恋する女たち』、1971年『肉体の悪魔』、1975年『トミー』といった話題作に出演した。リチャード・レスター監督の1973年『三銃士』、1974年『四銃士』で演じたアトス役は当たり役となり、同監督の『ローヤル・フラッシュ』(1975年)では実在のプロシアの宰相であるビスマルク役でゲスト的に出演した。1970年代にはそのパワフルかつ野生的な魅力で全盛期を迎え、スペインで撮影されたマカロニ・ウエスタン風の西部劇『さらば荒野』(1971年)やセルジオ・ソリーマ監督のイタリア映画『非情の標的』(1973年)、ピーター・コリンスン監督のイスラエル映画『暗殺者を撃て』(1976年)などにも主演し、国際的なスターとして名声を得るに至った。

しかし1980年代以降は、ジョン・トラヴォルタオリヴィア・ニュートン=ジョンが主演した『セカンド・チャンス』(1983年)といった米国のメジャー作品でも存在を示したが、逆に異様な個性が仇となり、『バトル・ウォーズ』(1987年)などの南アフリカ共和国産の娯楽作品群や各国の低予算のアクション映画やホラー映画への出演に戻ってしまう。共演陣もキャメロン・ミッチェルロバート・ヴォーンハーバート・ロムなどのハリウッドでも実績のあるセコハン俳優が目立った。

1999年、リドリー・スコット監督の『グラディエーター』という久々の大作出演が決定し、デーヴィッド・ヘミングスリチャード・ハリスといった過去の人となりつつある名優も共演していた。しかし同年5月2日、あと3週間分の撮影を残したまま、心不全で急死した[3]。ロケ先のマルタ島の港町バレッタの酒場[4]ラム酒3本を空にし、水夫相手の腕相撲で5人を打ち負かしたあげくの心臓発作という、映画の中で自身が演じた役柄のような死に様だったという。

主な出演作品

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出典

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外部リンク

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