森本薫
森本 薫(もりもと かおる、1912年(明治45年)6月4日 - 1946年(昭和21年)10月6日)は、日本の劇作家・演出家・翻訳家。男性。
代表作に『女の一生』、『華々しき一族』など。
経歴
大阪市東淀川区に生まれる。 旧制北野中学を経て第三高等学校文科より、京都帝国大学文学部英文科に進む。1937年に卒業。
旧制高校在学中に発表した一幕ものの戯曲『ダムにて』が、処女作である。 京都にあった劇団エラン・ヴィタールに参加。作家や演出家として、また当時は俳優としても活動。
ラジオ・ドラマの台本、映画シナリオなども手がける。
1940年に、かねてより親交のあった岩田豊雄に推され、文学座に参加、日本の有事色と言論・表現の統制がますます厳しくなったことや後述の森本自身の健康問題のせいもあり短期間に終わったものの1940年代の文学座の中興に貢献したといえる多くの仕事を残した。作品にソーントン・ワイルダー「わが町」の翻訳(1941年初演、長岡輝子演出)、岩下俊作原作「富島松五郎伝」(脚色1942年初演)、「勤皇届出」(脚色1943年初演)、「怒涛」(作、1944年初演)、「女の一生」(作、1945年4月初演)等がある。
ことに「女の一生」の初演は空襲警報の鳴る中、渋谷東横映画劇場で上演された。戦後1946年11月に再演する時初演台本を戦後版へ改訂(文明社版)した。「女の一生」はその後数奇な運命をたどる珍しい戯曲になる。初演からその後の台本改訂について井上理恵「森本薫『女の一生』論」(『近代演劇の扉をあける』所収・社会評論社)の詳細な研究がある。この作品は、杉村春子主演(役名・布引けい)で950余回の上演回数を誇り杉村死去後は平淑恵,荘田由紀らを主演に擁し再演、文学座を代表する作品となり、森本の名を残すものともなった。近年は、波乃久里子主演で劇団新派でも上演されている。また、旧ソ連、中国でも翻訳上演されている。
私生活では妻帯していたが文学座の同僚であった杉村との不倫関係が生じ、森本の逝去まで関係が続いたとされる。
戦時中に大学時代より発症していた肺結核が再発・進行、終戦を挟み闘病も病気に勝てず早世、享年34であった。
主な作品
- 『一家風』一幕(1934年)
- 『わが家』一幕(1934年)
- 『みごとな女』一幕(1934年)
- 『かどで』一幕(1935年)
- 『華々しき一族』三幕(1935年)
- 『かくて新年は』三幕(1936年)
- 『衣装』一幕(1936年)
- 『退屈な時間』三幕(1937年)
- 『陳夫人』(1941年)田中澄江との共同脚色、原作・庄司総一。文学座公演。
- 『富島松五郎伝』五幕(1942年)脚色。原作・岩下俊作。文学座公演。
- 『勤皇届出』五幕(1943年)脚色。原作・丹羽文雄。文学座公演。
- 『怒濤』五幕(1944年)文学座公演。
- 『扇』一幕(1944年)新生新派公演。
- 『女の一生』五幕(1945年)文学座公演。
参考文献
- 『森本薫戯曲全集』牧羊社、1968年。
- 井上理恵著『近代演劇の扉をあける』社会評論社、1999年。
- 日本近代演劇史研究会編『20世紀の戯曲』全3巻 社会評論社、1995~2005年。
- 演劇雑誌『シアターアーツ』(「女の一生」特集)1996年6月号。(初演台本収録)
- 『文学座五十年史』文学座編1987年。