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ボヘミア・モラビア共産党

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 チェコ政党
ボヘミア・モラビア共産党
Komunistická strana Čech a Moravy (KSČM)
中央委員会議長 ヴォイチェフ・フィリプ
成立年月日 1989年
本部所在地  チェコ プラハ
代議院議席数
26 / 200   (13%)
(2010年6月22日)
元老院議席数
2 / 81   (2%)
(2012年10月21日)
党員・党友数
82,944名
(2006年)
政治的思想・立場 共産主義
マルクス・レーニン主義
左翼
シンボル
国際組織 欧州左翼党(オブザーバー加盟)
公式サイト KSČM
欧州議会の政治会派欧州統一左派・北方緑の左派同盟
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ボヘミア・モラビア共産党(ボヘミア・モラビアきょうさんとう、チェコ語: Komunistická strana Čech a Moravy; KSČM)は、チェコ共和国の左派政党。現在の党首はヴォイチェフ・フィリプ(2005年-)。なお日本外務省日本共産党チェコ・モラビア共産党の日本語訳を使用している[1][2]

概要

1989年、チェコスロバキア共産党の組織を連邦化するため、ボヘミアおよびモラビアを基盤とする下部組織として結成された。1990年に、チェコスロバキア共産党は正式にボヘミア・モラビア共産党とスロバキア共産党(KSS)に分かれた(後にKSSは、社会民主主義を志向する民主左翼党(SLD)に党名を変更[3]。また1992年にはチェコスロバキアの連邦自体も解体した)。2006年時点で党員数82,994名で、欧州議会内では欧州統一左派・北方緑の左派同盟に属する。ポスト共産主義の東欧諸国において、1989年以降に党綱領を改正したが、党名に共産主義を残している唯一の政党である[4]。年金生活者などの高齢層や地方居住者を主な支持基盤としている[5]

政策

長期的目標として、社会主義的システムへの変化を掲げている他、新自由主義政党であるODS(市民民主党)に対する対決姿勢を明確にしている。以下に個別分野におけるKSCMの立場を紹介する。

  • 経済政策:国家の役割を重視、中小零細企業への支援強化。
  • 社会政策:社会的弱者、とりわけ高齢者や年金生活者の権利保護政策の実施。
  • 外交・安保政策:アメリカとNATO(北大西洋条約機構)の政策に反対、将来的にはNATOから脱退。アメリカでは無く、UN(国際連合)中心の国際政治の展開、OSCE(全欧安全保障協力機構)の活用。
  • 利益団体との関係:労働組合及び市民団体との協力関係の強化

党勢推移

下院選挙

1992年の連邦解体前の最後の選挙に他の左派政党と選挙リストを組んで左翼ブロック(Levý blok)として参加し、得票率14.05%で35議席を獲得した。

連邦解体後の初の総選挙となった1996年下院選挙において得票率10.33%で22議席、1998年選挙では11.03%で24議席を獲得し、議会第3党の地位を維持した。続く2002年下院選挙では市民民主党(ODS)やチェコ社会民主党(ČSSD)など諸政党が軒並み支持を減らした中、二大政党のなれ合い批判や新規雇用創出や労働条件向上、福祉水準の向上などを訴え、失業者や年金生活者、労働者を中心に支持を拡大。18.5%の得票で41議席(前回比+17議席)を獲得し、議席率で20%を超える躍進を遂げた[6]。しかし2006年下院選挙では、ODSおよびČSSDに次ぐ第3党の地位を維持したが、12.8%の得票で26議席に減少し、前回選挙と比べた支持の下落は党指導部を失望させた。下院の任期満了に伴って行われた2010年5月の下院選挙では得票率を前回よりやや減らしたものの、前回議席を維持した。

得票及び議席数の推移
選挙 得票数 得票率 議席数
1992年選挙 909,490 14.05% 35
1996年選挙  626,136 10.33% 22
1998年選挙 658,550 11.03% 22
2002年選挙 882,653 18.51% 41
2006年選挙 685,328 12.81% 26
2010年選挙 589,765 11.27% 26
※1992年は左翼ブロックとしての得票及び議席数である。

上院選挙

上院は2年毎に3分の1(27議席)を改選する。直近の2012年選挙では1議席を獲得、非改選の1議席を含め2議席となり、選挙前の勢力を維持した。

選挙 議席数
1996年選挙 2
1998年選挙 2
2000年選挙 0
2002年選挙 1 
2004年選挙 1
2006年選挙 0
2008年選挙 1
2010年選挙 0
2012年選挙 1

欧州議会選挙

2004年6月、チェコにおける初めての欧州議会選挙で24議席中6議席を獲得し、第2党になった。そして2009年の欧州議会選挙では定員22議席のうち4議席(得票率14.18%)を獲得、第3党となった。

得票及び議席数の推移
選挙 得票数 得票率 議席数
2004年選挙 472,862 20.26% 6
2009年選挙 334,577 14.18% 4

歴代党首

  • イジー・マハリーク(1990年)
  • イジー・スヴォボダ(1990年-1993年)
  • ミロスラフ・グレベニーチェク(1993年-2005年)
  • ヴォイチェフ・フィリプ(2005年-)

国際交流

日本における共産主義政党である日本共産党の第22回(2000年)[7]、第23回(2004年)[8][9]、第24回(2006年)[10]大会に来賓として参加している。日本共産党も2002年下院選挙でKSCMが躍進した際に、中央委員会名でKSCM中央委員会に躍進したことを祝う祝電を送っている[11]。また、2004年5月に行われたKSČM第6回党大会に日本共産党代表として、西口光常任幹部会委員・国際局長と伊藤知代国際局員の2名が参加、日本共産党中央委員会名のメッセージを手渡している[2]。なお同大会では40余の国からの代表が参加している。

脚注

  1. ^ チェコの政治関係”. 在チェコ日本大使館. 2013年4月7日閲覧。
  2. ^ a b “チェコ・モラビア共産党が大会 綱領的文書の採択へ”. しんぶん赤旗. (2004年5月16日). http://www.jcp.or.jp/akahata/aik3/2004-05-16/07_03.html 
  3. ^ 但し、共産主義をあくまで堅持するグループは、1992年に改めてKSSを結成している。
  4. ^ ポーランドハンガリーブルガリアではかつての支配政党だった共産主義政党が中道左派社会民主主義政党へ改組しているが、チェコでは前身が第二次世界大戦以前に存在したチェコ社会民主党がビロード革命後に復活しており、共産党は社民主義政党に改組しなかった。同じような例としては、やはりドイツ社会民主党が存在した旧東ドイツではドイツ社会主義統一党の後身(民主社会党左翼党)は中道左派政党にならず、左翼政党のまま存続している。
  5. ^ 2003年時点における党員の平均年齢は68.1歳、40歳以下は1.9%、41-60歳以下が26.6%、61歳以上は71.5%と高齢者の比率が圧倒的に高くなっている。また党員の職種でも年金生活者が67.4%で、労働者13.6%、事務職6.1%となっている。
  6. ^ “チェコ総選挙 共産党が躍進17増、41議席で第三党 第一党の社民党は4減”. しんぶん赤旗. (2002年6月17日). http://www.jcp.or.jp/akahata/aik/2002-06-17/08_0701.html 
  7. ^ 「党大会に参加した外国来賓」、日本共産党理論雑誌『前衛 日本共産党第22回大会特集』2001年2月臨時増刊号312頁。
  8. ^ “外国来賓14カ国24氏、14大使館から15氏 緒方国際局長が紹介”. しんぶん赤旗. (2004年1月14日). http://www.jcp.or.jp/akahata/aik3/2004-01-14/01_04.html 
  9. ^ “外国の党・組織からの党大会へのメッセージ”. しんぶん赤旗. (2004年1月17日). http://www.jcp.or.jp/akahata/aik3/2004-01-17/04_03.html 
  10. ^ “党大会に参加 外国政党代表の紹介”. しんぶん赤旗. (2006年1月13日). http://www.jcp.or.jp/akahata/aik4/2006-01-13/2006011304_01_0.html 
  11. ^ “下院選で躍進したチェコ・モラビア共産党に日本共産党が祝電”. しんぶん赤旗. (2002年6月18日). http://www.jcp.or.jp/akahata/aik/2002-06-18/08_0204.html 

参考文献