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m 用語の基本的間違い「亡命」とは、常識的には政治的迫害を受けておこなうものであり、受け入れ国から亡命認定を受けない限り亡命者ではあり得ない。
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[[1974年]][[4月11日]]、[[東京]]の[[両国国技館|日大講堂]]で行われた3度目の防衛戦で、挑戦者の[[ガッツ石松]]に対し8RKO負けを喫した。この試合でガッツ石松が今の「ガッツポーズ」を創造したという話もあるが、創造した訳ではなく、その姿を見たマスコミが名前をつけたにすぎない。
[[1974年]][[4月11日]]、[[東京]]の[[両国国技館|日大講堂]]で行われた3度目の防衛戦で、挑戦者の[[ガッツ石松]]に対し8RKO負けを喫した。この試合でガッツ石松が今の「ガッツポーズ」を創造したという話もあるが、創造した訳ではなく、その姿を見たマスコミが名前をつけたにすぎない。


1974年[[11月28日]]、大阪でガッツ石松と再戦し、12RKO負け引退。
1974年[[11月28日]]、[[大阪府立体育会館]]でガッツ石松にリターンマッチを挑んだが12RKO負けを喫し、王座奪還を果たせずこの試合を最後に現役を引退した


== 関連項目 ==
== 関連項目 ==

2010年4月30日 (金) 00:06時点における版

ロドルフォ・ゴンザレス
基本情報
本名 Rodolfo Gonzalez
通称 El Gato
階級 ライト級
国籍 メキシコの旗 メキシコ
誕生日 (1945-12-16) 1945年12月16日(79歳)
出身地 メキシコグアダラハラ
スタイル オーソドックス
プロボクシング戦績
総試合数 89
勝ち 81
KO勝ち 71
敗け 7
引き分け 1
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ロドルフォ・ゴンザレスRodolfo Gonzalez、男性、1945年12月16日 - )は、メキシコ出身のプロボクサー。元WBC世界ライト級王者。

来歴

1959年11月2日、14歳でプロデビュー。デビュー戦を1RKOで勝利。デビュー以来53連勝を記録[1]

1962年9月1日、53戦目を勝利すると、その後アメリカに移住する[2]

1963年2月15日、アメリカでの初戦でLicho Guerreroと対戦するが左目カットのため10RTKO負けを喫し初黒星[3]

その後アメリカで契約して、勝ち負けを繰り返すが、世界ランキング1位となる。勝利の大半をKOで決めるなど快進撃を続けるがなかなか世界王座挑戦は叶わなかった。

1972年11月10日、アメリカに来てから10年目についにWBC世界ライト級王座に挑戦し、王者チャンゴ・カルモナを降した。試合は12R終了後にカルモナ陣営が続行不可能を選択し終わる。その後2度防衛。

1974年4月11日東京日大講堂で行われた3度目の防衛戦で、挑戦者のガッツ石松に対し8RKO負けを喫した。この試合でガッツ石松が今の「ガッツポーズ」を創造したという話もあるが、創造した訳ではなく、その姿を見たマスコミが名前をつけたにすぎない。

1974年11月28日大阪府立体育会館でガッツ石松にリターンマッチを挑んだが12RKO負けを喫し、王座奪還を果たせずこの試合を最後に現役を引退した。

関連項目

外部リンク

脚注

  1. ^ 当時のメキシコでの記録の一部を認めず、連勝記録は38連勝とする説もある。
  2. ^ 不法入国したとも言われる。
  3. ^ この試合は他の選手の代理として出場。
前王者
チャンゴ・カルモナ
第11代WBC世界ライト級王者

1972年11月10日 - 1974年4月11日

次王者
ガッツ石松