池在龍
池 在龍(チ・ジェリョン 지재룡、1942年5月10日 - )は、朝鮮民主主義人民共和国の政治家。2010年より2021年まで駐中華人民共和国大使。
チ・ジェリョン 池 在龍 | |
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生誕 |
1942年5月10日(82歳) 咸鏡南道 |
出身校 | 金日成総合大学 |
政党 | 朝鮮労働党 |
池在龍 | |
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各種表記 | |
チョソングル: | 지재룡 |
漢字: | 池在龍 |
発音: | チ・ジェリョン |
日本語読み: | ち・ざいりゅう |
英語表記: | Ji Jaeryong |
経歴
編集金日成大学の外国語文学科を卒業。1972年12月、社会主義労働青年連盟(現金日成・金正日主義青年同盟)委員として選出された。1974年からは副委員長、1976年6月から1981年1月まで社会主義青少年連盟中央委員会委員長を務めた。1977年12月、彼は最高人民会議常設会議に選出された。1979年7月以来、彼は最高人民会議の代議員を務めてきた。
1982年10月、駐チェコスロバキア大使を務めた。1986年9月、彼は駐ユーゴスラビア大使に転任。1993年から共産圏国家との「党対党」外交を担当する労働党国際部副部長を務めた。張成沢に近く、2004年に張成沢が「分派行為」を理由に職務停止処罰を受けた際、一緒に地方に左遷された。だが、2006年に朝鮮労働党国際部副部長に返り咲いた。2002年4月、金日成勲章を受賞した。2010年9月の第3回朝鮮労働党代表者会では、朝鮮労働党中央委員会の委員候補に選出された。2010年10月、駐中国大使として北京に赴任、2013年12月の張成沢の粛清の際、張の引きで大使になった故に連座は免れないと思われていたが、2014年3月の第13期最高人民会議代議員選挙で代議員に選出された。
2020年1月18日、北朝鮮の各国大使が一斉に本国へ帰国。池在龍も北京から空路で北朝鮮へ戻った[1]。
2021年2月、駐中国大使の任を解かれたものの、コロナ禍での国境閉鎖のために、本国に帰国できずにいる。
脚注
編集- ^ “北朝鮮の各国大使ら一斉に平壌へ 今後の外交方針協議か”. FNN (2020年1月19日). 2020年1月19日閲覧。
出典
編集公職 | ||
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先代 崔秉官 |
在中国朝鮮民主主義人民共和国大使 2010年~2021年 |
次代 李龍男 |
先代 金光燮 |
在チェコスロバキア朝鮮民主主義人民共和国大使 1982年~1986年 |
次代 |