民間情報教育局
民間情報教育局(みんかんじょうほうきょういくきょく、英: Civil Information and Education Section、略称はCIE)は、連合国総司令部 (GHQ/SCAP) 幕僚部の部局の一つで、第二次大戦終結後、日本と朝鮮半島で連合国軍が行う教育・宗教・文化財関連の施策を担当した[1]。
CIEは当初、連合国軍による占領が始まった後の1945年9月22日に米太平洋陸軍総司令部に設置された。日本と韓国の広報、教育、宗教など社会学的問題に関する施策を担当する専門部隊として米太平洋陸軍総司令部(GHQ/USAFPAC=United States Armed Forces in the Pacific)に設置された後、同年10月2日に連合国軍最高司令官総司令部 (GHQ/SCAP) が正式発足するに伴って同組織に移管した[2]。
その後占領行政の進行に伴う数度の組織改編を経て、占領終了の1952年4月28日に組織としてのCIEは廃止された[2]。CIEの文化政策は、1953年にアメリカ国務省が自国のイメージアップ戦略のために設立したアメリカ合衆国広報文化交流局のUSIS(United States Information Serviceの略。戦時中の米国プロパガンダ機関「戦争情報局」の後身)に吸収された。
活動
編集CIEでは、敗戦国日本における教育全般(初・中・高等教育、社会教育)、教育関係者の適格審査、各種メディア(新聞、雑誌、ラジオ)、芸術(映画、演劇)、宗教(神道、仏教、キリスト教、新興宗教)、世論調査、文化財保護など、教育と文化に関する極めて広範囲にわたる諸改革を指導・監督した[2]。同じく敗戦国であるドイツ、イタリアに比べ、日本への統制は非常に厳しかった[3]。
CIEは教育刷新委員会等を通じて教育基本法制定に関与したほか、国立国会図書館の設立や、公共図書館・学校図書館の普及振興、日本各地に23か所のインフォメーション・センター(CIE図書館)の設置などを行った。その活動報告書は1948年にGHQ連合国最高司令部・民間情報教育局報告書(General Headquarters Supreme Commander for the Allied Powers Civil Information and Education Section Tokyo, May, 1948) Education in the New Japan として刊行された。
CIEは1945年9月19日付けのプレス・コードの後半部分で指示される、「ニユースノ筋」(news stories)すなわち報道の規律維持を担当した[4]。
組織構成
編集初代局長はカーミット・R・ダイク准将。 1946年5月、ドナルド・R・ニュージェント中佐が2代目局長に就任した。
民間情報教育局は、以下の4班7委員会から構成されていた。
- 初等班
- 中等班
- 高等班
- 特種教育班
- 協同委員会
- 教員養成委員会
- 高等調査委員会
- 教科書および教育資料許可調査委員会
- 調査情報委員会
- 審査委員会
- 連絡委員会
局員経験者
編集- ドン・ブラウン - 情報課長
- デヴィッド・コンデ - 映画班初代班長
- ジョン・ペルゼル - 世論社会調査課長
- ウォルター・クロスビー・イールズ - 顧問
- ロバート・B・ダウンズ - 特別顧問
- フランク・正三・馬場 - ラジオ課
- ウィンフィールド・ニブロ - 教官
- ウィリアム・バンス - 宗教資源課長
- ウィリアム・ウッダード - 宗教文化資源課
- ルル・ホームズ
- マーク・オア - 教育課長
- アーネスト・サトウ (写真家)
- 赤羽末吉
- 浅井恵倫 - 顧問
- 斎藤襄治 - 顧問
- 鈴木栄太郎 - 顧問
- 竹内利美 - 世論及社会調査部顧問
- 関敬吾 -
- 岸本英夫 - 宗教行政顧問
- 中村妙子
影響
編集映画班長であったデヴィッド・コンデの仕事は戦後の日本人の民主主義の意識形成に影響を及ぼしたと考えられる[5]。
アーカイブ
編集CIE文書は、ワシントン公文書記録センターにその原本が収納され[6]、日本では、米国国立公文書館によってマイクロフィッシュ化されたものを国立国会図書館憲政資料室が占領文書資料として公開している。
脚注
編集- ^ “GHQ/SCAP Records, Civil Information and Education Section (CIE) - 憲政資料室の所蔵資料 - 国立国会図書館”. リサーチ・ナビ. 2022年1月8日閲覧。
- ^ a b c GHQ/SCAP Records, Civil Information and Education Section (CIE) 国立国会図書館、2014年1月18日
- ^ インタビュー「CIE(Civil Information and Educational Section)による日本の教科書検閲の影響について」 INDIGO MAGAZINE、09/03/2014
- ^ 有山輝雄 占領軍検閲体制の成立
- ^ 米国による対日文化政策に関するコンデ資料の調査研究 研究成果報告書 平成24年6月1日 研究代表者 小泉真理子
- ^ 「ニューズ・レター No.4」『金沢大学50年史編纂』第4巻、1997年8月27日、1頁。
関連文献
編集- 平野共余子『天皇と接吻 : アメリカ占領下の日本映画検閲』草思社、1998年1月。ISBN 479420776X。新版・草思社文庫、2021年6月。ISBN 4794225210。
関連項目
編集- 太平洋戰爭史 - 「太平洋戦争史−真実なき軍国日本の崩壊」と題してCIEが制作し新聞に連載させた宣伝記事
- 日本外国特派員協会
- 眞相はかうだ - CIEラジオ課が脚本製作したNHKのプロパガンダ番組
- NHK東京放送会館 - CIEが入居し放送の検閲や指導をしたほか駐留軍向け放送を行なった
- 神道指令
- SCAPIN
- ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム - 日本の敗北は連合国ではなく自らの侵略行為にあるという戦争贖罪意識を国民に広めるための戦略
- アメリカ教育使節団報告書
- 日本における検閲
- ナトコ映画 - ナトコと俗称されたNational Co.社製の16ミリ映写機による一連のCIE教育映画の通称[1]
- 田口修治 - もっとも多くのCIE映画を製作した独立プロダクション代表
- 上田トシコ - 女性漫画家。一時期はCIEに勤務しながら漫画を執筆していた。
- イールズ声明
- 教育刷新委員会
- 日本PTA全国協議会
- 民主政治教育連盟
- 国立世論調査所
- 映画倫理機構
外部リンク
編集- GHQ/SCAP Records, Civil Information and Education Section (CIE)(国立国会図書館リサーチ・ナビ)
- インタビュー「CIEによる日本の教科書検閲の影響について」 - 教科書出版社元社員への聞き取り、INDIGO MAGAZINE、09/03/2014
- 占領下米国教育映画についての覚書―『映画教室』誌にみるナトコ(映写機)とCIE映画の受容について - 中村秀之
- ^ 『日本映画の玉(ギョク)』 反共プロパガンダ映画を再見する 木全公彦、映画の国