栗原郡
日本の宮城県(陸前国)にあった郡
郡域
編集歴史
編集神護景雲元年(767年)に当時の陸奥国最北の城として伊治城が築かれた後に置かれた。郡名として史料に伊治郡と上治郡、出土した漆紙文書に此治城があり、上治は此治の誤字で、此治が伊治と同音異字(「これはる」または「これはり」)とされる[1]。この郡名が後に栗原に変化したと考えられる[1]。
江戸時代には仙台藩領となる。栗原郡は92村を擁する大郡であったため、これを栗原(本栗原)・一迫・二迫・三迫・佐沼の五区に分割した。
区分 | 村名 | 所属代官区 | 所轄郡奉行 |
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栗原 (17か村) |
雨生沢村、荒谷村、荻生田村、小林村、川熊村、清滝村、小野村、桜目村、沢田村、清水沢村、高清水村、中村、長岡村、西村、宮沢村、北宮沢村、(栗原)富村 | 田尻代官所 | 北方郡奉行 |
一迫 (29か村) |
芋埣村、梅崎村、大川口村、太田村、荻沢村、刈敷村、川口村、狐崎村、清水目村、嶋体村、清水村、曽根村、築館村、照越村、留場村、長崎村、成田村、沼崎村、畑岡村、花山村、堀口村、真坂村、北沢村[2]、嶺崎村、上宮野村、下宮野村、八沢村、八樟村、柳目村、鬼首村 | 宮野代官所 | 中奥郡奉行 |
二迫 (14か村) |
姉歯村、泉沢村、稲屋敷村、鶯沢村、片子沢村、栗原村、桜田村、城生野村、梨崎村、菱沼村、文字村、八幡村、渡丸村、(二迫)富村 | ||
三迫 (28か村) |
赤児村、有賀村、有壁村、岩崎村、岩ヶ崎村、大林村、大原木村、小堤村、小迫村、片馬合村、金成村、猿飛来村、里谷村、沢辺村、末野村、鳥沢村、中野村、沼倉村、畑村、平形村、深谷村、福岡村、普賢堂村、藤渡戸村、松倉村、武鑓村、若柳村、石越村 | 金成代官所 | |
佐沼 (4か村) |
北方村、南方村、新田村、藤沢村 | 佐沼代官所 |
このうち三迫の有壁村・片馬合村は、延宝9年(1681年)に岩沼藩から移封された田村氏一関藩に分知され、この状態が幕末まで続いた。
近代以降の沿革
編集知行 | 村数 | 村名 | |
---|---|---|---|
藩領 | 陸奥仙台藩 | 90村 | 雨生沢村、荒谷村、荻生田村、小林村、川熊村、清滝村、小野村、桜目村、沢田村、清水沢村、高清水村、中村、長岡村、西村、宮沢村、北宮沢村、(栗原)富村、芋埣村、梅崎村、大川口村、太田村、荻沢村、刈敷村、川口村、狐崎村、清水目村、嶋体村、清水村、曽根村、築館村、照越村、留場村、長崎村、成田村、沼崎村、畑岡村、花山村、堀口村、真坂村、嶺崎村、上宮野村、下宮野村、八沢村、八樟村、柳目村、鬼首村、姉歯村、泉沢村、稲屋敷村、鶯沢村、片子沢村、栗原村、桜田村、城生野村、梨崎村、菱沼村、文字村、八幡村、渡丸村、(二迫)富村、赤児村、有賀村、岩崎村、岩ヶ崎村、大林村、大原木村、小堤村、小迫村、金成村、猿飛来村、里谷村、沢辺村、末野村、鳥沢村、中野村、沼倉村、畑村、平形村、深谷村、福岡村、普賢堂村、藤渡戸村、松倉村、武鑓村、若柳村、石越村、北方村、南方村、新田村、藤沢村 |
陸奥一関藩 | 2村 | 有壁村、片馬合村 |
- 明治元年
- 明治2年
- 1月14日(1869年2月24日) - 戊辰戦争後の処分により一関藩が減封。全域が宇都宮藩取締地となる。
- 3月22日(1869年5月3日) - 宇都宮藩取締地が栗原県を称する[3]。
- 8月7日(1869年9月12日) - 栗原郡のうち、栗原・佐沼および一迫のうち17村(梅崎・大川口・太田・荻沢・刈敷・清水・曽根・築館・照越・留場・沼崎・畑岡・堀口・真坂・八沢・八樟・柳目)・三迫のうち2村(石越・若柳)が登米県の管轄となる。
- 8月12日(1869年9月17日) - 栗原郡のうち、二迫および一迫のうち12村(芋埣・川口・狐崎・清水目・嶋体・長崎・成田・花山・嶺崎・上宮野・下宮野・鬼首)・三迫のうち26村(赤児・有賀・有壁・岩崎・岩ヶ崎・大林・大原木・小堤・小迫・片馬合・金成・猿飛来・里谷・沢辺・末野・鳥沢・中野・沼倉・畑・平形・深谷・福岡・普賢堂・藤渡戸・松倉・武鑓)が胆沢県の管轄となる。
- 明治3年(1870年) - 真坂村端郷の北沢村を独立村として扱う。(93村)
- 明治4年
- 明治5年4月9日(1872年6月10日) - 大区小区制施行。
- 明治8年(1875年)10月17日 - 以下の各村の統合が行われる。(56村)
- 小山田村 ← 西村、荻生田村
- 山田村 ← 北宮沢村、雨生沢村
- 嵯峨村 ← 宮沢村、小林村
- 大里村 ← (栗原)富村、中村
- 豊岳村 ← 川熊村、桜目村
- 太沢村 ← 太田村、八沢村、留場村[横須賀]
- 白幡村 ← 刈敷村、沼崎村
- 玉荻村 ← 荻沢村、照越村
- 姫郷村 ← 堀口村、八樟村
- 金田村 ← 川口村、清水目村、嶋体村
- 王沢村 ← 狐崎村、北沢村
- 駒崎村 ← 中野村、猿飛来村
- 鳥谷村 ← 鳥沢村、深谷村、里谷村
- 賢児村 ← 普賢堂村、赤児村
- 有馬村 ← 有壁村、片馬合村
- 大岡村 ← 大林村、福岡村
- 大堤村 ← 大原木村、小堤村
- 津久毛村 ← 平形村、岩崎村、小迫村
- 宮野村 ← 上宮野村、下宮野村、留場村[横須賀を除く]
- 宝来村 ← 芋埣村、泉沢村、嶺崎村、渡丸村
- 富野村 ← (二迫)富村、城生野村
- 沢田村が荒谷村に、清水沢村が清滝村に、長岡村が小野村に、曽根村が柳目村に、大川口村が長崎村に、清水村が真坂村に、桜田村が八幡村に、畑村が金成村に、梨崎村が姉歯村に、菱沼村が栗原村に、成田村が築館村にそれぞれ合併。
- 明治9年(1876年)
宮城県第4大区(全16小区。栗原郡1~12・登米郡) | |
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小区 | 所属村 |
小1区 | 清滝村・山田村・荒谷村・小野村・嵯峨村・豊岳村 |
小2区 | 高清水村・小山田村・藤沢村・大里村、南方村の一部〔西郷〕、新田村の一部〔新田上村〕 |
小3区 | 築館村・玉荻村・太沢村・真坂村・柳目村・姫郷村 |
小4区 | 宮野村・富野村・王沢村・片子沢村・宝来村・姉歯村・栗原村 |
小5区 | 長崎村・金田村・花山村・鬼首村 |
小6区 | 稲屋敷村・八幡村・文字村・鶯沢村 |
小7区 | 岩ヶ崎村・沼倉村・松倉村・駒崎村・鳥谷村 |
小8区 | 金成村・沢辺村・津久毛村・大堤村・有馬村・賢児村・末野村・藤渡戸村 |
小9区 | 梅崎村・白幡村・畑岡村 |
小10区 | 若柳村・大岡村 |
小11区 | 石越村・有賀村・武鑓村 |
小12区 | 北方村、南方村の一部〔南方〕、新田村の一部〔新田下村〕 |
町村制以降の沿革
編集- 明治22年(1889年)4月1日 - 町村制施行により、以下の町村が発足[5]。特記以外は全域が現・栗原市。(2町27村)
- 長岡村 ← 荒谷村、小野村(現・大崎市)
- 宮沢村 ← 嵯峨村、豊岳村(現・大崎市)
- 清滝村 ← 清滝村、山田村(現・大崎市)、小山田村(現・栗原市)
- 高清水村(単独村制)
- 藤里村 ← 藤沢村、大里村
- 玉沢村 ← 玉荻村、太沢村
- 築館村、宮野村、富野村(それぞれ単独村制)
- 姫松村 ← 王沢村、片子沢村、宝来村
- 一迫村 ← 真坂村、柳目村
- 長崎村、金田村、花山村、鶯沢村(それぞれ単独村制)
- 尾松村 ← 稲屋敷村、栗原村、八幡村
- 文字村(単独村制)
- 栗駒村 ← 沼倉村、松倉村
- 岩ヶ崎町(岩ヶ崎村が単独町制)
- 鳥矢崎村 ← 鳥谷村、駒崎村
- 萩野村 ← 有馬村、賢児村、末野村、藤渡戸村
- 金成村(単独村制)
- 津久毛村 ← 津久毛村、大堤村[大原木]
- 沢辺村 ← 沢辺村、姉歯村、大堤村[小堤]
- 大岡村(単独村制)
- 有賀村 ← 有賀村、武鎗村
- 若柳町(若柳村が単独町制)
- 畑岡村(単独村制)
- 志波姫村 ← 姫郷村、梅崎村、白幡村
- 明治27年(1894年)4月1日 - 郡制を施行。
- 明治29年(1896年)6月30日 - 築館村が町制施行して築館町となる。(3町26村)
- 明治35年(1902年)7月15日 - 高清水村が町制施行して高清水町となる。(4町25村)
- 大正12年(1923年)4月1日 - 郡会が廃止。郡役所は存続。
- 大正12年(1923年)4月10日 - 一迫村が町制施行して一迫町となる。(5町24村)
- 大正15年(1926年)7月1日 - 郡役所が廃止。以降は地域区分名称となる。
- 昭和25年(1950年)
- 昭和26年(1951年)
- 昭和29年(1954年)
- 昭和30年(1955年)
- 昭和40年(1965年)1月1日 - 志波姫村が町制施行して志波姫町となる。(9町1村)
- 平成17年(2005年)4月1日 - 一迫町・鶯沢町・金成町・栗駒町・志波姫町・瀬峰町・高清水町・築館町・若柳町・花山村が合併して栗原市が発足。同日栗原郡消滅。
変遷表
編集自治体の変遷
藩政期 | 明治8年 10月17日 |
明治22年 4月1日 町村制施行 |
明治22年 - 大正15年 | 昭和元年 - 昭和29年 | 昭和30年 - 昭和64年 | 平成元年 - 現在 | 現在 | ||
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宮沢村 | 嵯峨村 | 宮沢村 | 宮沢村 | 昭和25年12月15日 志田郡古川町に編入 即日市制 古川市 |
古川市 | 古川市 | 平成18年3月31日 大崎市 |
大崎市 | |
小林村 | |||||||||
桜目村 | 豊岳村 | ||||||||
川熊村 | |||||||||
長岡村 | 小野村 | 長岡村 | 長岡村 | 昭和25年12月16日 古川市に編入 | |||||
小野村 | |||||||||
荒谷村 | 荒谷村 | ||||||||
沢田村 | |||||||||
清滝村 | 清滝村 | 清滝村 | 清滝村 | 昭和29年10月1日 古川市に編入 | |||||
清水沢村 | |||||||||
雨生沢村 | 山田村 | ||||||||
北宮沢村 | |||||||||
荻生田村 | 小山田村 | 昭和30年4月14日 高清水町に編入 |
平成17年4月1日 栗原市 |
栗原市 | |||||
西村 | |||||||||
高清水村 | 高清水村 | 高清水村 | 明治35年7月15日 町制 高清水町 |
高清水町 | 高清水町 | ||||
築館村 | 築館村 | 築館村 | 明治29年6月30日 町制 築館町 |
昭和29年8月10日 築館町 |
築館町 | ||||
成田村 | |||||||||
照越村 | 玉荻村 | 玉沢村 | 玉沢村 | ||||||
荻沢村 | |||||||||
太田村 | 太沢村 | ||||||||
八沢村 | |||||||||
留場村 | (横須賀) | ||||||||
(その他) | 宮野村 | 宮野村 | 宮野村 | ||||||
上宮野村 | |||||||||
下宮野村 | |||||||||
(二迫)富村 | 富野村 | 富野村 | 富野村 | ||||||
城生野村 | |||||||||
若柳村 | 若柳村 | 若柳町 | 若柳町 | 昭和29年12月1日 若柳町 |
若柳町 | ||||
有賀村 | 有賀村 | 有賀村 | 有賀村 | ||||||
武鑓村 | 武鑓村 | ||||||||
大林村 | 大岡村 | 大岡村 | 大岡村 | ||||||
福岡村 | |||||||||
畑岡村 | 畑岡村 | 畑岡村 | 畑岡村 | ||||||
沼倉村 | 沼倉村 | 栗駒村 | 栗駒村 | 栗駒村 | 昭和30年4月1日 栗駒町 | ||||
松倉村 | 松倉村 | ||||||||
岩ヶ崎村 | 岩ヶ崎村 | 岩ヶ崎町 | 岩ヶ崎町 | 岩ヶ崎町 | |||||
栗原村 | 栗原村 | 尾松村 | 尾松村 | 尾松村 | |||||
菱沼村 | |||||||||
八幡村 | 八幡村 | ||||||||
桜田村 | |||||||||
稲屋敷村 | 稲屋敷村 | ||||||||
鳥沢村 | 鳥谷村 | 鳥矢崎村 | 鳥矢崎村 | 鳥矢崎村 | |||||
里谷村 | |||||||||
深谷村 | |||||||||
猿飛来村 | 駒崎村 | ||||||||
中野村 | |||||||||
文字村 | 文字村 | 文字村 | 文字村 | 文字村 | |||||
泉沢村 | 宝来村 | 姫松村 | 姫松村 | 姫松村 | |||||
芋埣村 | |||||||||
嶺崎村 | |||||||||
渡丸村 | |||||||||
片子沢村 | 片子沢村 | ||||||||
狐崎村 | 王沢村 | 昭和30年4月1日 一迫町 | |||||||
真坂村 | 明治3年 分立 北沢村 | ||||||||
真坂村 | 真坂村 | 一迫村 | 大正12年4月10日 町制 一迫町 |
一迫町 | |||||
清水村 | |||||||||
柳目村 | 柳目村 | ||||||||
曽根村 | |||||||||
長崎村 | 長崎村 | 長崎村 | 長崎村 | 長崎村 | |||||
大川口村 | |||||||||
川口村 | 金田村 | 金田村 | 金田村 | 金田村 | |||||
清水目村 | |||||||||
嶋体村 | |||||||||
鶯沢村 | 鶯沢村 | 鶯沢村 | 鶯沢村 | 昭和26年4月1日 町制 鶯沢町 |
鶯沢町 | ||||
藤沢村 | 藤沢村 | 藤里村 | 藤里村 | 昭和26年4月1日 町制 藤里町 |
昭和26年4月2日 改称 瀬峰町 |
瀬峰町 | |||
中村 | 大里村 | ||||||||
(栗原)富村 | |||||||||
金成村 | 金成村 | 金成村 | 金成村 | 金成村 | 昭和30年1月1日 金成町 | ||||
畑村 | |||||||||
有壁村 | 有馬村 | 萩野村 | 萩野村 | 萩野村 | |||||
片馬合村 | |||||||||
普賢堂村 | 賢児村 | ||||||||
赤児村 | |||||||||
末野村 | 末野村 | ||||||||
藤渡戸村 | 藤渡戸村 | ||||||||
岩崎村 | 津久毛村 | 津久毛村 | 津久毛村 | 津久毛村 | |||||
小迫村 | |||||||||
平形村 | |||||||||
大原木村 | 大堤村 | ||||||||
小堤村 | 沢辺村 | 沢辺村 | 沢辺村 | ||||||
沢辺村 | 沢辺村 | ||||||||
姉歯村 | 姉歯村 | ||||||||
梨崎村 | |||||||||
堀口村 | 姫郷村 | 志波姫村 | 志波姫村 | 志波姫村 | 昭和40年1月1日 町制 志波姫町 | ||||
八樟村 | |||||||||
沼崎村 | 白幡村 | ||||||||
刈敷村 | |||||||||
梅崎村 | 梅崎村 | ||||||||
花山村 | 花山村 | 花山村 | 花山村 | 花山村 | 花山村 |
行政
編集- 歴代郡長
代 | 氏名 | 就任年月日 | 退任年月日 | 備考 |
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1 | 入間川重遠 | 明治11年(1878年) | ||
2 | 熱海孫十郎 | 明治16年(1883年)2月 | ||
3 | 遠藤信道 | 明治19年(1886年)12月1日 | ||
4 | 林通故 | 明治21年(1888年) | ||
5 | 林信 | 明治24年(1891年)12月 | 任期途中で郡制施行 | |
6 | 八乙女盛次 | 明治31年(1898年)12月 | 明治35年(1902年)9月2日 | |
7 | 辰野宗治 | 明治35年(1902年)9月2日[6] | ||
8 | 伊藤近春 | 大正元年(1912年)10月 | ||
9 | 本田龍助 | 大正2年(1913年)8月 | ||
10 | 山口政次 | 大正3年(1914年)12月28日 | ||
11 | 永井準一郎 | 大正6年(1917年)10月10日 | ||
12 | 本田龍助 | 大正8年(1919年)6月 | 再任 | |
13 | 清野喜左衛門 | 大正9年(1920年)7月 | ||
14 | 内田左平 | 大正11年(1922年)4月 | ||
15 | 佐藤静治 | 大正12年(1923年)2月 | 任期途中で郡会廃止 | |
16 | 細川荒雄 | 大正12年(1923年)7月 | ||
17 | 中島霊円 | 大正13年(1924年)10月 | 大正15年(1926年)6月30日 | 郡役所廃止により、廃官 |
脚注
編集- ^ a b 平川南「「此治城」文書 多賀城跡第102号文書」、165 - 167頁。
- ^ 「旧高旧領取調帳」には真坂村から独立した村として記載
- ^ 明治元年12月23日(1869年2月4日)の「諸藩取締奥羽各県当分御規則」(法令全書通番明治元年太政官布告第1129)に従って設置された県だが、明治政府が権知県事を任命したわけではなく、そのため明治政府の公文書には全く記録が残っておらず、正式な県とは認められていない。
- ^ 『宮城県町村合併誌』などによる。『玉造郡誌』では10月21日とする(同書64頁)。
- ^ 町村の統合自体は前日の3月31日付で実施されている。(明治22年〈1889年〉2月9日付、宮城県令第8号)
- ^ 『官報』第5751号、明治35年9月3日。
参考文献
編集- 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 編『角川日本地名大辞典』 第4巻(宮城県)、角川書店、1979年12月。ISBN 4-04-001040-X。
- 旧高旧領取調帳データベース - 国立歴史民俗博物館
- 栗原郡教育会 編『栗原郡誌』栗原郡教育会、1918年(大正7年)。国立国会図書館書誌ID:000000568917、NDLJP:953187。 ※復刻版として、名著出版(1972年)、臨川書店(1986年)、伊藤真正社(1998年)などがある。
- 築館町史編纂委員会 編『築館町史』築館町(宮城県栗原郡)、1976年3月。国立国会図書館書誌ID:000001324115。
- 平川南「「此治城」文書 : 多賀城跡第102号文書」『漆紙文書の研究』所収、吉川弘文館、1989年7月、ISBN 978-4-642-02232-3。(※初出: 宮城県多賀城跡調査研究所 編『多賀城漆紙文書』宮城県文化財保護協会〈宮城県多賀城跡調査研究所資料 1〉、1979年3月、NCID BN04385616。)