北筑軌道
北筑軌道 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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路線総延長 | 20.8 km | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
軌間 | 914 mm | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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北筑軌道(ほくちくきどう)は、かつて福岡県にあった今川橋 - 加布里間の軌道およびその運営会社。後に西日本鉄道(西鉄)の前身の一つである博多電気軌道へ合併された。
路線データ
編集- 路線距離:今川橋 - 加布里間20.8km
- 軌間:914mm
歴史
編集- 1908年(明治41年)12月16日 軌道敷設特許状下付[1]
- 1909年(明治42年)9月 北筑軌道設立[2][3]
- 1910年(明治43年)7月21日 今宿 - 前原間 (5M0C) 開業[4]
- 1910年(明治43年)9月11日 前原 - 赤坂間開業[4]
- 1910年(明治43年)9月22日 赤坂 - 加布里間開業(前原 - 加布里間で2M32C:帝国鉄道協会 1928)[4]
- 1910年(明治43年)10月6日 博多電気軌道へ合併
- 1910年(明治43年)11月13日 今川橋[5] - 姪ノ浜(後の姪の浜)間開業(今尾 2009、西日本鉄道 2008)
- 1910年(明治43年)11月14日 今川橋[5] - 姪ノ浜 - 今宿間開業(和久田 1993)または姪ノ浜 - 今宿間 (3M08C) 開業(今尾 2009、西日本鉄道 2008、帝国鉄道協会 1928)[4]
- 1912年(大正元年)11月4日 九州水力電気が博多電気軌道を合併。北筑線も同社の路線となる
- 1922年(大正11年) 今川橋 - 姪ノ浜間を電化・1435mmへ改軌[6]の上、路面電車化[7]
- 1928年(昭和3年)5月31日 姪ノ浜 - 加布里間が筑肥線の前身である北九州鉄道へ譲渡、翌6月1日廃止
- 1929年(昭和4年)7月1日 博多電気軌道(2代目)へ譲渡
- 1934年(昭和9年)10月26日 福博電車へ譲渡
- 1942年(昭和17年)9月22日 西日本鉄道成立、福岡市内線の貫線の一部となる
- 1975年(昭和50年)11月2日 今川橋 - 姪の浜間廃止
車両
編集1928年頃、姪浜 - 加布里間の蒸気運転区間(帝国鉄道協会 1928)
- 蒸気機関車:17両
- 電気機関車:2両
- 客車:17両
- 貨車:83両
営業成績
編集1926年(大正15年/昭和元年)、姪浜 - 加布里間の蒸気運転区間(帝国鉄道協会 1928)。括弧内は1日あたり1マイルあたり
- 旅客人員:2332047人(495人)
- 旅客運賃:14683円
- 貨物トン数:55241トン(11.7トン)
- 貨物運賃:30904円
- 益金:7508円(1.60銭)
駅一覧
編集1928年(昭和3年)時点。今川橋 - 姪ノ浜間路面電車化後、姪ノ浜 - 加布里間廃止前。
今川橋 - 西新町 - 防塁前 - 藤崎 - 刑務所前 - 庄 - 愛宕下 - (仮)山嶽山 - 浦山 - 姪浜小学校前 - 姪ノ浜 - 小戸 - 大学分院前 - 生松原 - 小浜 - (仮)青木公園 - 長垂 - 今宿 - 北原 - 周船寺 - 高田 - 産ノ宮 - 浦志 - 前原 - 荻ノ浦 - 赤坂 - 加布里
- 他に今宿より今津港方面への貨物支線があり石炭輸送等に使用されていた。なお、北九州鉄道への譲渡の際には改軌され(筑肥線)今宿駅まで延長された[8]。
脚注
編集- ^ 『鉄道院年報. 明治41年度』(国立国会図書館デジタルコレクション)
- ^ 『日本全国諸会社役員録. 明治43年』(国立国会図書館デジタルコレクション)
- ^ 特許は大名町(現西鉄バス赤坂門停留所付近) - 加布里間で取得したが、大名町 - 今川橋間については福博電気軌道へ譲渡。
- ^ a b c d 『鉄道院年報. 明治43年度』(国立国会図書館デジタルコレクション)
- ^ a b 北筑軌道の今川橋駅は新今川橋西詰であり、東詰に翌1911年3月に開業した福博電気軌道(→西鉄福岡市内線)の今川橋電停とは異なる場所である。
- ^ 実際は姪浜以西より貨物列車直通のため三線軌条となっており、この区間は電気機関車を使用した。
- ^ 帝国鉄道協会 (1928) では今川橋 - 姪浜間の開業を1922年(大正11年)7月26日としており、これが改軌電化開業の日とも考えられる。
- ^ 帝国鉄道協会 (1928) や今尾 (2009) に記されていないため、独立した路線でなく側線扱いとも考えられる。
参考文献
編集- 今尾恵介(監修)『日本鉄道旅行地図帳 - 全線・全駅・全廃線』 12 九州沖縄、新潮社、2009年、37,42頁。ISBN 978-4-10-790030-2。
- 岡本憲之『全国軽便鉄道』JTB、1999年、149頁。
- 西日本鉄道株式会社100年史編纂委員会(編纂)『にしてつ100年の歩み(西日本鉄道百年史ダイジェスト版)』西日本鉄道、2008年。
- 帝国鉄道協会(編纂)『帝国鉄道年鑑』(昭和3年版)帝国鉄道協会、東京市麹町区有楽町、1928年5月、541,542頁。本年鑑の統計は「昭和元年度」「昭和1年」の表記を使っているため本項目もそれに倣った。
- 和久田康雄『私鉄史ハンドブック』電気車研究会、1993年、175頁。
関連項目
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