トネリコ

トネリコ属の一種

トネリコ(梣[2]・秦皮[2]学名: Fraxinus japonica)は、モクセイ科に分類される落葉樹であるトネリコ属中の、日本列島原産地とする1

トネリコ
開花期のトネリコ
分類APG III
: 植物界 Plantae
階級なし : 被子植物 angiosperms
階級なし : 真正双子葉類 eudicots
階級なし : キク類 asterids
階級なし : シソ類 lamiids
: シソ目 Lamiales
: モクセイ科 Oleaceae
: トネリコ属 Fraxinus
: Sect. Ornus
: トネリコ F. japonica
学名
Fraxinus japonica Blume ex K.Koch (1872)[1]
和名
トネリコ
英名
Japanese Ash

形態

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落葉坑儒の高木で、最大樹高15m、胸高直径60cm程度になる[3]樹皮は灰褐色や暗灰褐色で縦に裂ける[2]。若木の樹皮は滑らかで、一年枝はやや太く、淡褐色で無毛である[2]

花が枝先に付く頂生である。トネリコ属の仲間には側生に花を付けるものもあり、分類学上も大きく区別される。花は円錐花序

花期は4 - 5月ごろ[2]冬芽は円錐形や卵形で灰色、ロウ質に覆われ、内側にある2 - 4枚の芽鱗には黄褐色の毛がある[2]。枝先に頂芽がつき、枝に側芽が対生する[2]。葉痕は半円形や心形で、維管束痕が横に多数並ぶ[2]

根系は深根性で垂下根がよく発達する。細根は房状に発達し比較的表層に多く、根端は肥厚しない[4]

生態・分布

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日本原産種であり、本州東北地方から中部地方にかけての温暖な山地に分布する[2]。山地の湿った場所に生える[2]

マグネシウム過剰により他の植物が嫌う蛇紋岩地帯にもアカマツツツジ類などとともにしばしば生えている[5]

トネリコ属の種子には休眠の程度に大きな差があることが古くから知られており、世界的に研究者の大きな興味の対象となってきた。日本産種では長期の休眠を要するヤチダモ、逆に殆ど休眠しないシオジなど両極端の種がどちらも知られる。トネリコはどちらかというと中間的な性質を示し、果皮さえ除いてやればよく発芽するという[6][7]。ヤチダモは発芽するにあたり光照射も必要だというが、トネリコでは特に知られていないという[8]

樹液には昆虫が集まる。カブトムシは他の昆虫に頼らずトネリコの幹を自ら傷つけて、樹液を分泌させる事例が観察されている[9]ハバチ類の食害の激しいトネリコ林で昆虫病原糸状菌、特にいわゆる冬虫夏草の一種であるツクツクボウシタケが大発生したことがあり、ハバチの食害によってトネリコが枝枯れし、そこにツクツクボウシMeimuna opaliferaセミ科)が大量に産卵、やがて天敵であるツクツクボウシタケが大量発生に至ったと推測されている[10]

北米のトネリコ属樹木は菌類(カビ、きのこ)の感染によるsh dieback病(和名未定)により大きな被害を受けているが、日本のトネリコ・タモ類は抵抗性である。なお、日本においても植栽された北米種に被害が出ているという[11]

人間との関係

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用途としては他のトネリコ属樹木(タモ類)と特に区別されないものが多い。

木材

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強度があり加工性にも優れるトネリコ属共通の用途として野球の木製バットが有名である。用途としては比較的新しく、19世紀以降に生まれたものであった。資源の枯渇や折損の問題などから1970年代頃より金属バットに置き換わった[12]。金属バットはコスト的な問題だけでなく、打球の飛距離も木製より優れるという[13]。木製バットは今でも一部使われているが、原料は2000年代頃は北海道産のアオダモに代わり、さらにそれも減少した2010年以降は外国産カエデ属カバノキ属なども多いという[14][15]。バット以外のスポーツ用品としてはスキーの板にも使われた。トネリコ類は弾力はあるものの折れやすく、新雪向きとされている。スキー板としてもカエデの評価が高い[16]

並木

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刈り取り直後の稲を数日干して乾燥させる稲架掛けの際に、柱となる木を木材ではなく生きている木を使う地方がある。使う際には横木を適宜付けて使用する。トネリコ属は適度な大きさ、樹形の良さ、水田脇の過湿地にも耐えることなどからハンノキ類などとともにこの用途でしばしば使われる。有名なのは滋賀県東部から岐阜県西部にかけての地域と北陸地方であり、枝下高が高く仕立てられた樹木が水田脇に並ぶのが農村風景の一つとなっている[17]。昭和中頃までは東京近郊でもしばしば見られ、稲架掛け用途以外にも水田だったところが畑地に転換された場合に、目印として並木を作るということがあったという[18]

薬用

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樹皮は民間薬では止瀉薬結膜炎時の洗浄剤として用いられる[19]。トネリコ類の有効成分はエーテルおよびメタノール処理で得られるが、物質の量と種類は種によって違うようである[20]

近年は同属のシマトネリコ街路樹や庭木として暖地で多く植えられており、トネリコと混同されていることも多いが、トネリコの植栽はまれである。

分類学上の位置づけ

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属内での分類が難しい植物の一つである。形態による分類では、花の付き方や形によるものが有名である。花は進化した種ほど形が単純化される傾向があるとされていた。ただし、分子系統解析の結果からは単純化した後に再び複雑な構造に戻ったものもあると推測され、形態だけでの判別は難しいという。Hinisinger et al.(2013) ではほかのアジア産トネリコ属数種と共に Ormus節(Section Ormus、和名未定だが花の付き方から古い文献では「頂性花序節」とすることがある)に入れられている。日本産種内ではアオダモとは同節、ヤチダモとシオジは共に別節になっている[21]

呼称

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和名の由来は、本種の樹皮に付着しているイボタロウムシ[22]が分泌する物質(イボタロウ:いぼた蝋)にあり、動きの悪くなった敷居の溝にこの白蝋を塗って滑りを良くすることから「戸に塗る木(ト-ニ-ヌル-キ)」とされたのが、やがて転訛して「トネリコ」と発音されるようになったものと考えられている。

別名、タモ、サトトネリコともよばれる[1]

脚注

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  1. ^ a b 米倉浩司・梶田忠 (2003-). “Fraxinus japonica Blume ex K.Koch トネリコ(標準)”. BG Plants 和名−学名インデックス(YList). 2024年3月12日閲覧。
  2. ^ a b c d e f g h i j 鈴木庸夫・高橋冬・安延尚文 2014, p. 48
  3. ^ 林弥栄 (1969) 有用樹木図説(林木編). 誠文堂新光社, 東京. 国立国会図書館書誌ID:000001136796(デジタルコレクション有)
  4. ^ 苅住昇 (2010) 最新樹木根系図説 各論. 誠文堂新光社, 東京.国立国会図書館書誌ID:000011066224
  5. ^ 北村四郎, 村田源, 鳥居喜一 (1953) 三河八名・舟着・山吉田の蛇紋岩地帯の植物相. 植物分類,地理 15(1), p.1-3. doi:10.18942/bunruichiri.KJ00002992585
  6. ^ 浅川澄彦 (1955) トネリコ属植物のタネについての2, 3の観察. 日本林学会誌 37(1), p.1-5. doi:10.11519/jjfs1953.37.1_1
  7. ^ 浅川澄彦 (1956) ヤチダモの発芽遅延についての研究(第1報)―これまでの研究のあらましとトネリコ属植物のタネの比較観察―. 林業試験場研究報告 第83号, p.1-18.
  8. ^ Sumihiko ASAKAWA () Light-sensitivity in the germination of Fraxinus mandshurica var. japonica seeds. 日本林学会誌 43(9), p.310-311. doi:10.11519/jjfs1953.43.9_310
  9. ^ 八木橋勉, 齋藤智之, 前原紀敏, 野口麻穂子 (2014) カブトムシによる樹液獲得のためのトネリコ樹皮の傷つけ. 東北森林科学会誌 19(2), p.63-65. doi:10.18982/tjfs.19.2_63
  10. ^ 磯野昌弘 (2021) 隔離分布地において地中の寄主幼虫に壊滅的な死亡をひきおこしたツクツクボウシタケ(子嚢菌門:ボタンタケ目)の大量発生. 日本応用動物昆虫学会誌 65(3), p.133-141. doi:10.1303/jjaez.2021.133
  11. ^ 山口岳広 (2024) 北米産タモ類(ビロードトネリコ・アメリカトネリコ)におけるAsh diebackの発生実態:札幌羊ヶ丘における事例. 北方森林研究 72, p.39-43. doi:10.24494/jfsh.72.0_39
  12. ^ 佐藤文宣 (1992) スポーツ用具の研究と開発 : 野球バット・テニスラケット・ゴルフクラブ. 日本機械学会誌 95(888), p.992-996. doi:10.1299/jsmemag.95.888_992
  13. ^ 福井元 (2002) 高校野球界における金属製バットの導入と技術・戦術の変容 : 昭和40年代以降の甲子園大会を中心に. スポーツ史研究 15, p.29-45. doi:10.19010/jjshjb.15.0_29
  14. ^ 𦚰田健史, 松下幸司 (2015) 野球用木製バットの材種と流通. 森林応用研究 24(2), p.19-27. doi:10.20660/applfor.24.2_19
  15. ^ 加藤博之, 秋津裕志 (2022) ダケカンバ製野球バットの硬式球衝突によるたわみ振動-シュガーメイプル,アオダモ,イエローバーチ,ホワイトアッシュとの比較. 材料 71(4), p.402-407. doi:10.2472/jsms.71.402
  16. ^ 内村千町 (1929) スキー製作に關する研究. 林學會雑誌 11(8), p.425-434. doi:10.4005/jjfs1919.11.425
  17. ^ 落合基継, 高橋強 (1999) 農村景観構成要素である畦畔木の実態. 農業土木学会論文集 199, p.151-160. doi:10.11408/jsidre1965.1999.151
  18. ^ 荒木稔 (1987) 都市化以前の低地における耕地並木―その機能分類と景観構成上の意義―. 都市計画論文集 22, p.295-300. doi:10.11361/journalcpij.22.295
  19. ^ 宗定哲二, 川上貞雄 (1931) 秦皮の生藥學的研究. 藥學雜誌 51(12), p.1017-1023. doi:10.1248/yakushi1881.51.12_1017
  20. ^ 嶋田玄彌 (1940) トネリコ屬植物樹皮の成分. 藥學雜誌 60(9), p.508-510. doi:10.1248/yakushi1881.60.9_508
  21. ^ Hinsinger DD, Basak J, Gaudeul M, Cruaud C, Bertolino P, Frascaria-Lacoste N, et al. (2013) The Phylogeny and Biogeographic History of Ashes (Fraxinus, Oleaceae) Highlight the Roles of Migration and Vicariance in the Diversification of Temperate Trees. PLoS ONE 8(11): e80431. doi:10.1371/journal.pone.0080431
  22. ^ 異称:イボタロウカイガラムシ、イボタロウカタカイガラムシ。学名:Ericerus pela (Chavannes, 1848)

参考文献

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  • 鈴木庸夫・高橋冬・安延尚文『樹皮と冬芽:四季を通じて樹木を観察する 431種』誠文堂新光社〈ネイチャーウォチングガイドブック〉、2014年10月10日、48頁。ISBN 978-4-416-61438-9 

関連項目

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外部リンク

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