コロシアム II[注釈 1](Colosseum II)は、イングランド出身のフュージョン / プログレッシブ・ロックバンド。元コロシアムジョン・ハイズマンを中心に1975年に結成された。

コロシアム II
Colosseum II
出身地 イングランドの旗 イングランド
ジャンル プログレッシブ・ロック
フュージョン
ハードロック
ジャズ・ロック
活動期間 1975年 - 1978年
レーベル ブロンズ・レコード
MCAレコード
メンバー ジョン・ハイズマン (Ds)
ゲイリー・ムーア (G)
ドン・エイリー (Key)
ニール・マーレイ (B)
マイク・スターズ (Vo)
ジョン・モール (B)
キース・エイリー (G)

ゲイリー・ムーアドン・エイリーニール・マーレイといったHR/HM畑のミュージシャンが、若き日に参加していたスーパーグループである。

略歴

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1975年、元「コロシアム」「テンペスト」のドラマーだったジョン・ハイズマンと、ギタリストゲイリー・ムーアを中心に、キーボーディストドン・エイリーベーシストニール・マーレイボーカリストマイク・スターズの5人編成で結成された[1]。当初のバンド名の候補は「ゴースト」だったが、契約したブロンズ・レコードが難色を示して「コロシアム」に因んだ名を要求してきた[注釈 2]ので、正直不本意だったが「コロシアムII」と名付けた[2]

1976年4月、ブロンズ・レコードから1stアルバム『ストレンジ・ニュー・フレッシュ』を発表。コロシアム同様にフュージョンを志向していたが、後にHR/HMシーンで活躍するムーア、エイリー、マーレイが参加していたこともあり、ハードロック色が濃かった。

スターズは短期間でグループを離れた。1977年1月、移籍先のMCAレコードから発表した2ndアルバム『エレクトリック・サヴェイジ』から、マーレイに代わりジョン・モールが参加し、必要に応じてムーアがボーカルを担当するという4人編成となる。同年11月、3rdアルバム『ウォーダンス』発表。ハイズマンは、短い間隔で新作アルバムを発表できたのは「マネージャーがモーガン・スタジオのオーナーだったので、空き時間なら自由にレコーディングできたから」だと説明している[2]

1978年初頭、メンバー全員が参加したアンドルー・ロイド・ウェバーのアルバム『ヴァリエーションズ』が発表され、これまでの活動で唯一の高収益を上げた。同年8月、ムーアが「シン・リジィ」に加入するため脱退。後年、ハイズマンは彼の脱退に理解を示して「コロシアムIIは、まるで金を稼げなかったからだ。最後はさらに商業的に厳しくなり、解散は必須の状況だった」と明かしている[2]。 彼等はムーアの後任にエイリーの弟・キース・エイリーを迎えるも財政難が慢性化しており、ライブ・ツアー終了後に解散した[2]

コロシアムIIは商業的には失敗に終わったが、ムーアは「自分のスタイルが確立したのはコロシアムII時代からだ」と敬意を表し、晩年は元同僚のエイリーと再結成ライブを構想していた。しかし2011年にムーア[3]2018年にハイズマンが亡くなり[4]、叶わぬ夢となっている。

歴代メンバー

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  • ジョン・ハイズマン (Jon Hiseman) - ドラム、パーカッション(1975年 - 1978年)♰RIP.2018
  • ゲイリー・ムーア (Gary Moore) - ギター、ボーカル(1975年 - 1978年)♰RIP.2011
  • ドン・エイリー (Don Airey) - キーボード(1975年 - 1978年)
  • ニール・マーレイ (Neil Murray) - ベース(1975年 - 1976年)
  • マイク・スターズ (Mike Starrs) - ボーカル(1975年 - 1976年)
  • ジョン・モール (John Mole) - ベース(1976年 - 1978年)♰RIP.2006
  • キース・エイリー (Keith Airey) - ギター(1978年)

ディスコグラフィ

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スタジオ・アルバム

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  • 『ストレンジ・ニュー・フレッシュ』 - Strange New Flesh (1976年)
    • Strange New Flesh - Expanded Edition (2005年)
  • 『エレクトリック・サヴェイジ』 - Electric Savage (1977年)
  • 『ウォーダンス』 - War Dance (1977年)

シングル

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  • Lament / The Scorch (1977年)

セッション・アルバム

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脚注

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注釈

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  1. ^ コラシアム II」の表記もある。
  2. ^ コロシアムはブロンズ・レコードに所属していた。

出典

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  1. ^ コロシアムの創設者ジョン・ハイズマン死去:彼の幅広い音楽遍歴を振り返る”. u discover music (2018年6月21日). 2018年9月26日閲覧。
  2. ^ a b c d ジョン・ハイズマン、コロシアムIIとゲイリー・ムーアを語る2014年の復刻インタビュー【後編】 (旧YAMAHA掲載記事)”. Yahoo!山崎智之コラム (2024年5月18日). 2024年11月16日閲覧。
  3. ^ ゲイリー・ムーア、死因は心臓発作”. BARKS (2011年2月10日). 2018年9月26日閲覧。
  4. ^ コロシアムのジョン・ハイズマンが死去”. amass (2018年6月12日). 2018年9月26日閲覧。