「青砥稿花紅彩画」の版間の差分

『'''青砥稿花紅彩画'''』（あおとぞうし はなの にしきえ）は、[[文久]]2年3月（[[1862年]]3月）に江戸[[市村座]]で初演された[[歌舞伎]]の演目。通称は「'''白浪五人男'''」（しらなみ ごにんおとこ）<ref>{{Cite web|和書|url=https://www.nikkansports.com/entertainment/news/202202180000665.html|title=A．B．C－Z戸塚祥太「過去イチ、緊張している」市川海老蔵との六本木歌舞伎が開幕|publisher=日刊スポーツ|date=2022-02-17|accessdate=2022-02-17}}</ref>。[[世話物]]（[[白浪物]]）、[[河竹黙阿弥|二代目河竹新七（黙阿弥）]]作、全三幕九場。

弁天小僧は戦前は五代目の実子の[[尾上菊五郎 (6代目)|六代目尾上菊五郎]]、[[市村羽左衛門 (15代目)|十五代目市村羽左衛門]]、戦後は[[中村勘三郎 (17代目)|十七代目中村勘三郎]]、[[尾上梅幸 (7代目)|七代目尾上梅幸]]、そして現在は五代目の曾孫の[[尾上菊五郎 (7代目)|七代目尾上菊五郎]]、さらにその子の[[尾上菊之助 (5代目)|五代目尾上菊之助]]、ほかに[[中村勘三郎 (18代目)|十八代目中村勘三郎]]らに受け継がれている。

「白浪物」は盗賊が活躍する歌舞伎[[狂言]]を総称する名前である。二幕目第一場（雪の下浜松屋の場）での女装の美男子・弁天小僧菊之助の名乗り（男であることを明かして彫り物を見せつける）や、二幕目第三場「[[稲瀬川 (神奈川県)|稲瀬川]]勢揃いの場」では「志らなみ」の字を染め抜いた番傘を差して男伊達の扮装に身を包んだ五人男の名乗りが名高い。花道を堂々と登場後、舞台に来て捕り手を前に五人組が勢揃い。一人ずつ「渡り台詞」で見得を切り、縁語や掛詞を駆使した七五調のリズミカルな「連ね」で名乗る姿には歌舞伎の様式美が凝縮されている。この様式ははるか後世の『[[秘密戦隊ゴレンジャー]]』を初めとする子供向け「[[スーパー戦隊シリーズ|戦隊もの]]」のヒーロー番組にまで受け継がれている。大詰第一場（極楽寺屋根立腹の場）の弁天小僧切腹から第二場（極楽寺山門の場）の駄右衛門登場に至る「[[強盗返|がんどう返し]]」も目を惹く。

「青砥」は追っ手の名前[[青砥藤綱]]に因む。歌舞伎の人気狂言『[[雁金五人男]]』『新薄雪物語』『[[楼門五三桐]]』などの有名な場面を「[[俳句#その他の技法|本歌取り]]」した場面も見られ、それをまったく新しい作品に作り変えた作者黙阿弥の機知に富む傑作。

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|nowrap|問われて名乗るも おこがましいが<br />産まれは[[遠江国|遠州]] [[浜松市|浜松]]在<br />十四の年から 親に放れ<br />身の生業{{smaller|（なりわい）}}も 白浪の<br />沖を越えたる 夜働き<br />盗みはすれど 非道はせず<br />人に情けを [[掛川宿|掛川]]から<br />[[金谷宿|金谷]]をかけて 宿々{{smaller|（しゅくじゅく）}}で<br />義賊と噂 高札に<br />廻る配符の 盥越し{{smaller|（たらいごし）}}<br />危ねぇその身の 境界{{smaller|（きょうがい）}}も<br />最早{{smaller|（もはや）}}四十に 人間の<br />定めは僅か 五十年<br />六十余州に 隠れのねぇ<br />賊徒の首領 日本駄右衛門

:二代目河竹新七が[[両国橋]]で目撃したと<br />いう、女物の着物を着た美青年から着想。

|さて其の次は [[江の島]]の<br />[[江島神社|岩本院]]の 児{{smaller|（ちご）}}上がり<br />平生{{smaller|（ふだん）}}着慣れし 振袖から<br />髷{{smaller|（まげ）}}も島田に 由比ヶ浜<br />打ち込む浪に しっぽりと<br />女に化けた 美人局{{smaller|（つつもたせ）}}<br />油断のならぬ 小娘も<br />小袋坂{{smaller|（こぶくろざか）}}に 身の破れ<br />悪い浮名も 竜の口<br />土の牢へも 二度三度<br />だんだん越える 鳥居数<br />八幡様の 氏子{{smaller|（うじこ）}}にて<br />鎌倉無宿と 肩書も<br />島に育って 其の名さえ<br />弁天小僧 菊之助

:『[[義経千本桜]]』（四ノ切）に登場する<br />[[義経千本桜#主な登場人物|佐藤忠信{{smaller|実ハ}}源九郎狐]]

|続いて次に 控えしは<br />[[武蔵野|月の武蔵]]の [[江戸]]育ち<br />幼児{{smaller|（がき）}}の頃から 手癖が悪く<br />抜参りから ぐれ出して<br />旅を稼ぎに 西国を<br />廻って首尾も [[吉野山]]<br />まぶな仕事も [[大峰山|大峰]]に<br />足をとめたる [[奈良市|奈良]]の[[京都|京]]<br />碁打{{smaller|（ごうち）}}と云って 寺々や<br />豪家へ入り込み 盗んだる<br />金が[[三岳金峰山|金が御嶽]]の 罪科{{smaller|（つみとが）}}は<br />蹴抜{{smaller|（けぬけ）}}の塔の 二重三重{{smaller|（ふたえみえ）}}<br />重なる悪事に 高飛びなし<br />後を隠せし 判官の<br />御名前騙り{{smaller|（おなめぇがたり）}}の 忠信利平

|又その次に 連なるは<br />以前は武家の 中小姓{{smaller|（ちゅうごしょう）}}<br />故主{{smaller|（こしゅう）}}のために [[辻斬|切取り]]{{smaller|（きりどり）}}も<br />鈍き刃{{smaller|（やいば）}}の [[腰越]]や<br />[[砥上ヶ原]]{{smaller|（とがみがわら）}}に 身の錆を<br />磨ぎ直しても 抜き兼ねる<br />盗み心の 深翠{{smaller|（ふかみどり）}}<br />[[鎌倉|柳の都]] 谷七郷{{smaller|（やつしちごう）}}<br />花水橋の 切取りから<br />今牛若{{smaller|（いまうしわか）}}と 名も高く<br />忍ぶ姿も 人の目に<br />月影ヶ谷{{smaller|（つきかげがやつ）}}神輿ヶ嶽{{smaller|（みこしがたけ）}}<br />今日ぞ命の 明け方に<br />消ゆる間近き 星月夜<br />其の名も 赤星十三郎

:南湖の舟持ちの倅で、手に負えない<br />ほどの悪党だったという伝承がある<br />人物がモデル<ref group="注">茅ヶ崎市南湖の西運寺境内にはこの南湖の力丸の供養塔が建っている。</ref>。

* 浜松屋の場での弁天の見顕し

*:知らざあ言って 聞かせやしょう<br />浜の真砂と 五右衛門が<br />歌に残せし 盗人{{smaller|（ぬすっと）}}の<br />種は尽きねぇ [[七里ヶ浜]]<br />その白浪の 夜働き<br />以前を言やぁ [[江ノ島]]で<br />年季勤めの 児ヶ淵{{smaller|（ちごがふち）}}<br />江戸の百味講{{smaller|（ひゃくみ）}}の 蒔銭{{smaller|（まきせん）}}を<br />当てに小皿の 一文字 {{smaller|（いちもんこ）}}<br />百が二百と [[賽銭]]の<br />くすね銭せぇ だんだんに<br />悪事はのぼる 上の宮{{smaller|（かみのみや）}}<br />岩本院で 講中の<br />枕捜しも 度重なり<br />お手長講と 札付きに<br />とうとう島を 追い出され<br />それから[[若衆]]{{smaller|（わかしゅ）}}の [[美人局]]{{smaller|（つつもたせ）}}<br />ここやかしこの 寺島で<br />小耳に聞いた 祖父{{smaller|（じい）}}さんの<br />似ぬ声色{{smaller|（こわいろ）}}で 小ゆすりかたり<br />名せぇ由縁{{smaller|（ゆかり）}}の 弁天小僧<br />菊之助たぁ 俺がことだ

「白浪」は盗賊を意味するが（[[中国]]・[[後漢]]末期の[[白波賊]]より）、これが「知らざ」「夜働き」「知らない」「七里ヶ浜」の各語に掛かっている。「寺島」は五代目菊五郎の本名「である寺島清」を「江ノ島の中にある寺」に、「祖父さん」は五代目菊五郎の祖父にあたるで[[化政期]]に名優と謳われた「[[尾上菊五郎_(3代目)|三代目菊五郎]]」に、「名せえ由縁」は五代目菊五郎の次男が「[[尾上菊之助|初代菊之助]]」であることにそれぞれ<!--これは現実に掛けて役名を決めただけ-->掛けた「[[くすぐり#伝統芸能のくすぐり|くすぐり]]」である。

なおこの「祖父さんの」の部分は弁天小僧をつとめる役者によって言い換えられる。それはその役者自身と、弁天小僧とは不可分な「尾上菊五郎」との続柄によってきまるもので、すなわち当代の[[尾上菊五郎 (7代目)|七代目尾上菊五郎]]は祖父が[[尾上菊五郎 (6代目)|六代目尾上菊五郎]]なのでそのまま「祖父さんの」と言うが、その父・[[尾上梅幸 (7代目)|七代目尾上梅幸]]にとっては六代目菊五郎は父にあたるためこれを「とっつぁんの」と言った。また六代目菊五郎自身もその父が五代目尾上菊五郎なのでやはりこれを「とっつぁんの」としており、最近では[[尾上菊之助 (5代目)|五代目尾上菊之助]]が演じる場合も、祖父だと七代目梅幸になるため、「とっつあぁんの」としている。さて[[音羽屋]]の菊五郎・菊之助・梅幸といった「菊五郎」縁者の役者はそれで良いが、弁天小僧は他家の役者も度々つとめる人気の役どころである。そうした際には彼らは[[音羽屋|尾上宗家]]に遠慮して、ここを「音羽屋の」と言い換える。ただし、[[中村勘三郎 (18代目)|十八代目中村勘三郎]]に限ってはここをそのまま「祖父さんの」と言ったが、これは十八代目勘三郎の母方の祖父が他ならぬ六代目菊五郎であるためである。

==補 脚注 ==

*歌謡曲*『弁天小僧』 - 『[[与話情浮名横櫛]]』に取材した『[[お富さん]]』が大ヒットしたことを受けて、ビクターが同じく歌舞伎もので対抗しようとした。「知らざあ言って聞かせやしょう」の下りが引用されている。作詞：[[佐伯孝夫]]、作曲：[[吉田正]]。[[三浦洸一]]の歌でやはりヒットした。[[1955年]]。当時の日本には、このような[[古典芸能]]を元にした[[歌謡曲]]が受け入れられる素地が残っていた。

*[httphttps://www.youtube.com/watch?v=pnl3jkfU33k YouTube　三浦洸一「弁天小僧」]